19 世紀末にワイナリーとして産声を上げ、禁酒法(1919 ~ 1933)によって廃園と化していたセント・ヘレナの土地を手に入れて、クリス・ティリーとその妻ポーリーン・ティリーの二人がV マドロンセラーズ(V Madrone Cellars)を設立したのは、2001 年のこと。
元々ニューヨークで証券業界で活躍していたクリスと、敏腕弁護士だったポーリーンがハネムーンで訪れたのが、クリスの故郷でもあるナパヴァレーでした。
そこでたまたま訪れたゴーストワイナリーに心を奪われ、ハネムーンから帰った時には、既に二人は資産を投げ打ってその荒れ果てたワイナリーを購入していたのでした。
それから二人の戦いが始まりました。早々に仕事を辞め、ナパヴァレーに移り住んできた二人は、前禁酒法時代の“ゴースト”ワイナリーを修複しVマドローン・セラーズと改名する権利をナパ郡が認めさせたり、歴史的、考古学的観点から保存が義務づけられていた古い石造りのワイナリーの修複許可を得たりするために多くの課題に立ち向かい、実に40件以上もの案件で勝利を勝ち取ってきたのです。
そうしてVマドロンセラーズだけでなく、セントヘレナ全体のワイナリー発展に貢献してきた二人はワイン造りにも妥協する事なく取り組んできました。
V マドロンのフラッグシップワインであるカベルネソーヴィニオンは、畑の狭小さで知られるフランスの銘醸ワインと比較しても、0.8ha の作付け面積を持つブルゴーニュのラ・ロマネ(約4,000 本)よりやや広く、1.8ha のロマネコンティ(約7,000 本)より狭い、僅か1.3ha 自社畑のブドウだけで作られる稀少性に富んだ所謂エステートワインであり、1ヴィンテージあたりの平均的な生産数量は、約600 ケース(7200 本)前後に限られています。 その為、V マドロンセラーズのワインは、米国内の限られたトップクラスのレストランと、更に限られた人数の愛好家で構成されるワインクラブ会員への直接販売に割り当てるだけで手一杯で、日本を含めて、世界各国のワイン愛好家にご紹介することすら叶いませんでした。
そして2012 年、ついに、米国外世界初となるV マドロンの日本への導入が実現しました。日本への輸出を決断したワイナリーオーナーのティリー夫妻は次のようにコメントします。
「V マドロンは、そのワイン造りのテーマを、いかに食事と共に楽しめる味わい深いワインをつくるか、という目標に絞り込んできました。その結果、米国ではグルメ及びワイン愛飲家の間で安定した評価を確立してきました。そしてまた、そのようにして育ててきた私達のワインが、伝統ある日本の料理文化の中でも必ずその真価を発揮できると楽しみにしています。」