写真は今を冷凍保存して後世に残していく、タイムマシーンのような存在です。
光の像を化学の力で定着させようという写真技術のアイデアが生まれてからおよそ200年、写真を撮る道具も残し方も激しく変化してきましたが、写真家たちの「大切な今を永遠に残したい」というシンプルな願いは今も変わりません。
今回選書したのは、写真家を写真家たらしめる撮影技術はもちろん、哲学から人生、生き方まで、大切なエッセンスがぎゅっと詰まった「写真集」。写真集とひと言でいっても、その内容は多岐にわたります。芸術としての写真、広告としての写真、報道としての写真。被写体も人物や風景、静物などさまざまです。そんな数ある写真集の中から、ファッション写真、ランドスケープ、ポートレートの3つに焦点を当てて本棚を構成しました。
愉楽とは、深く味わい、愉しむこと。
写真と深く向き合い、心から楽しんだ写真家たちの作品をゆっくり味わってみてください。
●展示場所:本館1F GRAND PATIO
展示期間:2023年4月1日〜7月31日
ブックディレクター幅 允孝さんが語る、
テーマにまつわる選書について
写真表現の奥深さを実感できるはず
時代を作ったファッション写真界の巨匠
ファッション写真を拡げる新しい感性
「衣服」というものをゼロから考え直す
中心を持たない「外側の風景」とは
ギッリが与えてくれる「魔法めいた視点」
人間そのものがほとばしる瞬間
その人の来歴が集約された究極の一枚
一枚の写真をじっくりと眺めてみる
選書した書籍を一覧でご紹介
ブックディレクター 幅 允孝さんが語る、
選書テーマ『写真家の愉楽』について
19世紀に、イギリスのウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットがネガ・ポジ法を発明して以来、名だたる写真家たちが素晴らしい作品を残してきました。目の前にあるものにカメラを向け、レンズを通して光を用いながら、カシャッと写し撮る。基本は一緒で、答えがある程度決まりきっているようなものなのに、出てくる表現は写真家によって驚くほど違いますよね。
そこで今回は、「写真家」に焦点を当てて選書を行ってみました。ファッション、ランドスケープ、ポートレートの3つを軸に、縦横無尽に写真家の作品を眺めてみることで、写真表現の奥深さを実感できるはずです。
ファッション写真は、常にその時代を映し出す鏡です。代表的な写真家でいえば、1940年代から『ヴォーグ』誌で活躍したファッション写真の巨匠、アーヴィング・ペン。同誌のアート・ディレクターだったアレグザンダー・リーバーマンと共に、ファッション写真のフォーマットを作りあげた、デザイナー的センスに優れた写真家と言えるでしょう。
ファッションモデルとして活躍し、1970年代に突如写真家に転向した、サラ・ムーンも外せません。ピントを合わせにいかないことで、まるで被写体が浮かんでいるような、シュールリアリスティックな世界を作り上げています。
ファッション写真は、アーヴィング・ペンやサラ・ムーンから続く文脈を知った上で、新しい感覚を持った写真家の作品に触れてみると、よりいっそう面白いですよ。
例えば、1992年生まれのココ・カピタン。グッチやディオール、ナイキといった大きなメゾンの仕事も数多くこなす、スペインの写真家です。今回は、2022年に開催された日本初個展の図録『NAÏVY EXHIBITION CATALOGUE』を選びました。
これは本当に絶妙なバランスの写真集なんです。ファッション写真らしいものもあれば、自然風景を撮影したものもある。一見バラバラな写真が混ざり合っていながらも、奇妙な統一感があるんですね。よくよく見ると、例えばセーラー服だったり、日光の影であったり、“ストライプ”が一つテーマになっていることがわかってくる。写真に添えられた「あなたの心の大きさはプール? それとも海?」といったテキストもヒントにしながら、隠れたメッセージを探り当てる楽しさが、彼女の作品にはあります。ファッション写真というものの奥行きを感じられる、コンセプチュアルな一冊ですね。
ティボールとマイラのカルマン夫妻の写真集『(un)Fashion』も、「そもそもファッションとは?」という根源的な問いを突きつけられる、非常に面白い作品です。二人は世界中を旅しながら「衣服を着る」というのはどういうことか、先入観を取っ払ってゼロから考えているのです。
ここで撮られているのは、たとえばFBIの制服、民族衣装、相撲のまわし、剣道着など、多くの人が「ファッション写真」と聞いてイメージするのとは、異なるものばかり。ですが、ファッションというものを「自分ならび他者からの視線を考え続けるための装置」と捉えれば、浮浪者がまとっているボロも、聖職者がまとっている祭服も、すべての衣服がファッションになるというのです。
中にはかなり刺激的なシーンもありますが、読んでいて嫌な気持ちにならないのは、FBIの制服と剣道着を並べたりと、どこかチャーミングでユニークな編集のおかげだと思います。
ランドスケープ——風景を捉えた写真家では、まず1970年代に起こったニュー・カラーというムーブメントの代表的作家・スティーブン・ショアを紹介します。
あくまでも僕の考え方ですが、被写体に対してピントを合わせ綺麗に撮った「中心がある写真」に対して、ニューカラーの写真は、何かを撮っているようでいて、実は撮っていない、いわば「中心がない写真」です。今まさにこの時を収めた「決定的瞬間」もそこにはありません。それでもこの風景は、確かにこの場所に存在している。中心を持たない「外側の風景」とも言えるでしょうか。
70年代のアメリカ郊外を映したこの『Uncommon Places The Complete Works』も、「こう撮ろう」「こう見せたい」といったエモーショナルな感じが一切ないんです。それでいて、この車の色や形の組み合わせには、不思議とグッときてしまう。ショアはきっと、視覚の向こう側にある、人間の意図や作為を超えたところの風景を捉えようとしているのでしょう。
同じく風景を切り取った写真家では、ルイジ・ギッリも素晴らしいです。ギッリは元々コンセプチュアル・アートをやっていた人で、写真表現を理知的に考えようとしていました。そんな彼が撮るカラー写真は、ニュー・カラーのそれと比べると、色、形、構図……どれをとっても絶妙なバランスで構成された、絵画的な作品なんですね。
この写真集『Colazione sull’Erba』は、あえて大判にせず、余白の中に小さい写真を置いていくデザインになっています。例えば、コンクリートの前に置かれた植栽の写真がひたすら続くページがあるのですが、「これは一体何だろう?」と思いながらじっと眺めていると、ちょっと剥がれた塗装の赤と白だとか、人工的なものの存在が浮かび上がってくるんです。
駐車場の植栽と緑のフェンスのような何でもない風景も、ギッリのカメラを通せばすごく綺麗なものに思えてくる。彼の作品は、そんな魔法めいた視点を与えてくれます。
写真を撮るということは、その対象に肉薄することでもある。それを最も感じられるのは、人物を被写体としたポートレートかもしれません。
横浪修さんは、「子どもにフルーツや野菜を体に挟ませて撮影する」というシリーズを撮り続けている写真家。この『WILD CHILDREN』は、撮影のためにお母さんと離れた子どもが泣き出してしまった瞬間の、爆発的なエネルギーを捉えた作品です。鼻水や涙といった液体があふれ出している状態は、人間そのものがほとばしっている感じがします。まさに「野性の子供達」というタイトルがぴったりですよね。
上田義彦さんの『ポルトレ』はその逆で、ひとりの人間の来歴が一枚の写真に集約された、ある意味で究極の写真集だと思います。被写体となるのは、小説家の安岡章太郎さんや舞踏家の大野一雄さん、さらには同じ写真家の森山大道さんまで、そうそうたる顔ぶれの文化人。それぞれがそれぞれの世界で経験を重ねた中で、自然と刻み込まれていった陰影やしわが、静かに写し撮られています。
この写真集では、吉行和子さんのような女優に対してさえも、舞台や映画のようにメイクをして綺麗な衣装を着てもらうのでなく、その人の素顔——「根っこ」の部分に肉薄していきます。きっと撮影の場では、上田さん自身が開かせているところもあるし、逆に被写体の方々が開かざるを得ないところもあるのでしょう。その人の全てを引き出す、上田さんの被写体との距離感は本当にすごいなと感じています。
今回、「写真」を選書テーマとした理由のひとつに、一枚の写真をじっくりと眺める時間をGRAND PATIOで楽しんでいただきたいという思いがありました。
先ほどのギッリの写真集も、パラパラめくっているだけだと「植栽が写ってるな」で終わってしまうかもしれませんが、ゆっくり眺めてみることで、何か気づけることがある。きっと、写真には想像や妄想が入り込める余白が残っていると思うんです。被写体そのものだけでなく、「どうしてこう撮ったんだろう?」「この影や光は何なんだろう?」など、その周辺にある空気そのものも考えることができる面白さが、写真にはあります。
写真集一冊、読み切っていただく必要はありません。一枚気になった写真が見つかったら、それを30秒くらいかけてじっくり眺めてみてください。きっと、なんだか面白いことが起こるはずですよ。
書籍は、本館1Fグランパティオにて
実際に手に取ってご覧いただけます
書籍一覧
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人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、学校、ホテル、オフィスなど様々な場所でライブラリーの制作をしている。安藤忠雄氏の建築による「こども本の森 中之島」ではクリエイティブ・ディレクションを担当。最近の仕事として「早稲田大学 国際文学館(村上春樹ライブラリー)」での選書・配架、札幌市図書・情報館の立ち上げや、ロンドン・サンパウロ・ロサンゼルスのJAPAN HOUSEなど。早稲田大学文化構想学部非常勤講師。神奈川県教育委員会顧問。
Instagram: @yoshitaka_haba