本を読むことは、自分のために流れる時間を、今ここに持つこと。そして、本を贈ることは、それを共有することです。
ページをめくりながらワクワクした記憶や、集中して読み終えた後の爽快感。本で出会った言葉にハッと読む指を止め、考える瞬間もあるはずです。手の中の小さな世界から気づきを得たり、何かへ深く潜るきっかけにもなったりする読書。それは、時に心を癒し、励ますこともあるでしょう。
普段ゆっくり本を読む時間を取れない人にこそ、ひとりで本と向き合い、「読む」という孤独な行為のもつ力と喜びを感じてほしいのです。
本を贈ることは、内面と向き合う時間を贈ることでもあるかもしれません。愛する家族やパートナーへ、いつも忙しい時間を過ごしている友人へ、新しい場所へ旅立つあの人へ、そして、今そこにいるあなたに贈りたい。そんな本たちを集めました。なにより、本を読むのはとびきり楽しいです。ぜひゆっくり椅子に腰掛け、ひとりの時間をお楽しみください。
●展示場所:本館1F GRAND PATIO
展示期間:2022年12月1日〜2023年3月31日
ブックディレクター幅 允孝さんが語る、
テーマにまつわる選書について
正解がわからないからこそ、
複数冊を贈ってみる
何度読んでも色褪せない珠玉の物語
時代に左右されないマナーブックの名作
大人も子供も楽しめる精巧な仕掛け絵本
お弁当作りが楽しくなる
工夫を凝らしたレシピ本
本がまとう時間を手渡すビジュアルブック
「読む」ことを深く味わえる写真集
本好きには堪らない図書館の撮影記録
何より大切なのは
「贈りたい」というその気持ち
選書した書籍を一覧でご紹介
ブックディレクター 幅 允孝さんが語る、
選書テーマ『贈りたい気持ち:
ギフトブックス』について
デジタル化が急速に進む時代、わざわざ紙の本を所有するのは、かさばるし、重いし、ちょっと面倒くさいことかもしれません。それでもなお紙の本が魅力的なのは、時間をかけてよく推敲された文章や、手の込んだ美しい装丁に心動かされるからではないでしょうか。最近は、世界情勢も経済も「世の中どうなってしまうの?」ということばかりで、不安や焦燥を募らせている人も少なくないはずです。だからこそ、紙の本を手にとって、一人の書き手とじっくり向き合い、その世界に深く潜ってみてほしい。そんな思いを込めて、この冬のギフトにぴったりな本をセレクトしました。
今回、テーマにしている「ギフトブックス」という言葉には、“複数の本を贈る”という意味を込めています。誰かに本を贈るとき、何が緊張するかというと、贈った本が相手に「ふうん」という感じで軽く扱われたら、自分の人格が否定されたような気分になりはしないか、というところだと思うんです。お菓子をあげるのと違って、本を贈ることには自分自身を晒しているような怖さがちょっとある。そこでおすすめなのが、複数冊をセットにして贈る方法です。
僕自身は本をプレゼントするとき、選書の仕事と同じように、よく相手にヒアリングをするんですね。「子供産まれたよね?」とか「今何歳だっけ?」とか、そういう会話の中から、言葉にしないようなことを含めて、相手を慮りながら本を選ぶ。それでも正直言って、正解はわからないんです。だからこそ、こっちが違ったら別の1冊を差し出すくらいの感覚で、気負わず3冊くらいをセレクトしてみるのがいいと思っています。内容も「柔らかい本」と「硬い本」のバランスをとることで、きっと1冊くらいは相手の気分にフィットする本が見つかるはずです。
実は最近、紙の本に人の関心が戻ってきているように感じるんです。漫画や軽い読み物は電子書籍、深く読み込む本は紙……という風に、デジタルとアナログの使い分けが進んできている。音楽と一緒かもしれません。普段はストリーミングサービスで聴いているけど、好きなアーティストだけはレコードで聴くみたいに、「自分にとって大切な本は紙で持っておきたい」と考える人は増えているのではないでしょうか。
ミヒャエル・エンデの『モモ』愛蔵版は、まさに、長く手元に置いておきたい一冊です。小さい頃に読んだという方も多いと思いますが、「本というのはもう二度と同じようには読めないんだ」ということを、これほど実感する物語はほかにはないと思うんです。子供の頃は、「モモ」という女の子と「時間どろぼう」のやり取りを中心に読んでいたのが、大人になって読み返してみると、コミュニティ論や貨幣の考え方など、本当に多種多様な読み方ができることに気づくんです。再読するたびに、絶対に新しい発見があるはずなので、大人へのプレゼントにおすすめです。
同じく、古典的な名著としてプレゼントにおすすめしたいのが、『ティファニーのテーブルマナー』。ティファニー社が銀食器を積極的に販売していた1960年代に出版されたもので、マナーブックとして本当に素晴らしいんです。ディナーに招かれたとき、たくさん並んだフォークやナイフはどこから手に取ればいいのか、スープをいただく際はどのように手を動かせばいいのか、そういったマナーを細やかに、シンプルな線画とともに教えてくれます。
この本が面白いのは、最後に「作法がわかったあなたは、これで作法を破ることができますよ」といったことが書かれているところ。マナーブックというとどうしても堅苦しい感じがしますが、こういう洒落たオチがあるのは、さすがティファニーですよね。マナーというのは年月が経っても基本的に大きく変わらないものですから、親御さんからお子さんへと、時代を越えて長く読み継いでいける本と言えるでしょう。
手の込んだ美しい装丁の本は、ある種、アートを差し出すような感覚で相手に贈ることができます。言葉を載せる器としても、デジタルでは絶対に再現できない手触りという点でも、装丁はとても重要です。そんな中で、最近の絵本の装丁には注目すべきところがあると感じています。
例えば、夜の庭のようすを繊細な切り絵で表現した、エレナ・セレナの『あおいにわ』。飛び出してくるタイプの仕掛け絵本は、紙を裁断する技術が向上してきたこともあって、繊細で丁寧な作りのものが増えてきました。『あおいにわ』も仕掛けを楽しむというよりは、精巧な切り絵の美しさを、工芸品を眺めるように味わえる絵本です。
造本の工夫が面白いのが、料理研究家である野口真紀さんの『ぱらぱらきせかえべんとう』です。お弁当箱が3つに区切られていて、その区切りごとにページをめくれる仕掛けになっています。真ん中のお肉や魚の主菜をまず決めたら、それに合わせる左右のおかずを選ぶ。その組み合わせ方は全部で3,000通り以上にも及びます。初めてこの本を見たときは、「やられた!」と思いましたね。
1ページの限られたスペースに、必要なレシピの情報が的確に書かれているのも素晴らしい。ちょっとした調理のコツなども一言添えられているので、コンパクトながらレシピ本としての実用性も高いんです。何より、お弁当作りの楽しさがよく伝わってくる本なので、プレゼントするとすごく喜ばれますよ。
何か強い主義主張があるわけじゃなく、読み手によってさまざまな受け取り方ができる作品も、贈り物には向いています。例えば、イラストレーター・安西水丸さんの作品集『ON THE TABLE』。こうしたビジュアルブックというのは、書かれていることそのものよりも、その本がまとっている空気や世界観、そこに流れている時間を相手に手渡せるような気がします。
特に安西さんの作品は、時間の流れが遅い絵だと思うんです。じっと見ていると、黄色い物体がだんだんレモンに見えてきて、それが不思議と魅力的に、美味しそうに見えてくる。安西さんはイラストレーションを描くときに、横の線を一本まず引くんですね。それによって絵が安定するんですが、この一本の線は彼が幼少期を過ごした千葉県南房総の海の水平線をイメージしているそうです。あるときそれを知って、「そうか、彼の絵に感じたのは水平線を見ているような時間の流れだったのだな」と合点がいきました。装丁も綺麗なので、本棚のない家でもちょっと立てかけて置いておくだけで、すごく気分のよくなる一冊です。
冒頭に、複数の本を贈るのがおすすめというお話をしましたが、そのうちの1冊にぴったりなのが、ハンガリー出身の写真家、アンドレ・ケルテスの『読む時間』です。押しつけがましくなくて、どんな本とも相性がいいんです。
ケルテスは生涯を通してさまざまな写真を撮りましたが、これは戦前から戦後までの長い時間をかけて、”何かを読んでいる人”だけをひたすら撮り続けた写真集です。
落ちていた漫画を読んでいる少年、ごみ箱から拾った本を読んでいる浮浪者のようなおじいさん、聖書のようなものを読んでいる司教さん……具体的に何を読んでいるのか、それを読んで何を感じているのかはわからないんですけれど、ただただ「読む」という行為に人々が費やしている時間というものが、ここには収められています。
ケルテスが何かを読む人たちをひたすらカメラに収めたのに対して、ドイツ人の写真家、カンディダ・ヘーファーの『Libraries』は、ニューヨーク公共図書館から始まり、ダブリンのトリニティ・カレッジ図書館、リオデジャネイロの幻想図書館など、世界中の図書館を集中的に撮影した写真集です。「タイポロジー」と呼ばれる手法(同じ種類の被写体を撮ることで、共通点と差異を探る表現手法)で、エモーショナルな要素を持ち込まずに、装置としての図書館を淡々と映し出しています。
とはいえ、本好きが見るとやはり気持ちが高ぶりますよね。無数の本を書き手に見立てると面白いし、彼らが持つメッセージや念のようなものが、図書館中に凝縮されて立ち込めているようにも思えてきます。本が並んだ場所の磁場の強さを感じるといいますか。大型本なので少し重いかもしれませんが、本好きには最高に嬉しいプレゼントになるはずですよ。
今回セレクトした本は、どれも贈り物にぴったりの本です。ぜひ迷ったときの参考にしていただければと思う一方で、何より大切なのは、「相手のために何かを贈りたい」と思う気持ちそのものかもしれません。
ソーシャルメディアには相手を否定する言葉が飛び交っているし、何かと心が荒みやすい世の中です。世界的に深まる分断をどう乗り越えていくかが大きな社会課題になっている中で、少なくとも、自分の近くにいる人たちは大切にしたいですよね。誰かのために贈り物を考える、そしてそれを手渡してみる。本当にささやかなことですけれど、そんな気持ちの連鎖を作ることは、一つの社会との向き合い方にもなるのではないでしょうか。ぜひこの冬は、とっておきの「ギフトブックス」を大切な誰かにプレゼントしてみてください。
書籍は、本館1Fグランパティオにて
実際に手に取ってご覧いただけます
書籍一覧
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人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、学校、ホテル、オフィスなど様々な場所でライブラリーの制作をしている。安藤忠雄氏の建築による「こども本の森 中之島」ではクリエイティブ・ディレクションを担当。最近の仕事として「早稲田大学 国際文学館(村上春樹ライブラリー)」での選書・配架、札幌市図書・情報館の立ち上げや、ロンドン・サンパウロ・ロサンゼルスのJAPAN HOUSEなど。早稲田大学文化構想学部非常勤講師。神奈川県教育委員会顧問。
Instagram: @yoshitaka_haba