生成AIの時代がすぐそこまで来ている今、人間を人間たらしめるものは何なのでしょうか。僕は、「欲望」や「心の動き」がすごく大事になってくるんじゃないかと考えています。「学び」というと堅苦しいものを思い浮かべるかもしれませんが、本来、人が何かを知りたいと思い願う欲求は、根源的で普遍的なものです。
そこで今回は、僕たち人間の源に問いかけるべく、「先人から学ぶ」「現在から未来への学び」「学びの場所」という3つのテーマのもと、未知に触れる機会となるような本を集めました。ぱっと見るだけでも驚きを感じたり、心を揺さぶられたり……そんな体験につながればと思います。
心の動きは、決して大きなものだけでなく、ちょっとした“さざ波”くらいのものもあるかもしれません。でも、そういうことに敏感だと日々が楽しくなるはずです。そしてそれがまさに、自分だけの「学び」になるんじゃないかと思います。
展示場所:本館1F GRAND PATIO
展示期間:2023年12月1日〜2024年3月31日
新たなテクノロジーが次々と生み出され、これまでにない速度で社会のあり方が変わっていく現代。目の前の効率を優先しがちで、いつも忙しい時間を過ごしている私たちは自分の心の機微にさえ気づきにくくなっています。そんな大きな波に押し流されてしまわないように、現状を整理し、自由に、伸びやかに、学ぶことの大切さを改めて感じています。
今回は「学び」をテーマに、「先人から学ぶ」、「現在から未来への学び」、「学びの場所」という3つの視点から、普遍的な学びや、学ぶことの楽しさを感じてもらえるような本を集めました。本来、何かを学ぶにはまとまった時間が必要です。けれど、偶然手にとった本から得られる新鮮な気付きはゆっくり伝わる熱となって、新たな学びへと広がっていきます。人はいつからでも、いつまでも学べるのです。
まずは僕たちの人生の先輩方から、学びについて教えてもらいましょう。『木に学べ 法隆寺・薬師寺の美』は二つのお寺の宮大工をしている西岡常一さんが書いた本で、彼の人柄と一子相伝で受け継いできた専門職としての矜持、仕事の領分が詰まっています。一方で、近所のおじいさんが語りかけているような書きっぷりがおもしろく、読みやすいのも特徴です。
西岡さん曰く、宮大工のいちばんの仕事は「木のクセを見抜いて、それを適材適所に使う」こと。また、木というものを通して、人間は自然の一部として生かされていると実感を重ねているようです。僕たちは普段木を見てもそのクセまで考えないですし、そもそもどんなクセがあるかもあまり知らない。自然と人間の関係性も気にしていないですよね。
大工道具をどう扱うか、そもそも建築物とはなんなのか、木の心をどうやって下の世代に伝えていくかという仕事論はもちろん、現代の人間が忘れがちな自然との接し方を凝視して、何かを学び続ける西岡さんの姿から、僕も学びを得ています。
『まきのまきのレター』は、日本の植物分類学の祖といわれる牧野富太郎さんがどういう心持ちで植物学と向き合っていたかを紹介する絵本です。
「ただ何となく 幼いころから草木が好きだったのだ」。牧野さんが植物の道へ進んだきっかけは、このようなほんのりとした初期衝動だったようです。
「文学や地理、医学に民俗など 植物はほかの世界ともつながっているのだ」という一節を読み、牧野さんは他のあらゆるものとの結び目として植物を捉えていたんだなと思いました。植物学以外においても、学問は単独で存在しているのではなく、実は掘り下げていけばいくほど他の分野とつながっているということを教えてくれます。
また、「音楽にふれるのもいい」とか「珈琲や紅茶もわすれずに」といったフレーズからは牧野さんの軽やかさが伺えて、洒落っ気のある人だったんだろうなと想像が膨みます。
初期衝動といえば、「雪は天からの手紙」という言葉を残した理論物理学者・中谷宇吉郎さんのエッセイを集めた『中谷宇吉郎 雪を作る話』もはずせません。この本にはまさに「本当の科学というものは、自然に対する純真な驚異の念から出発すべきものである」と書かれています。
自分の心の機微を察知し、それがどんなふうに動くのか、何に対して「なんだろう?」「不思議だな」と思うのかを知りたいと願う。牧野さんにしても中谷さんにしても、謎めいたものを明らかにしたいという欲求に突き動かされていることがわかります。また、世界的な数学者・岡潔さんも「数学は情緒である」という言葉を残していて、冷たく見える計算の世界の出発点にも人間の感受性があることを教えてくれます。
モノにしても、感情にしても、人間が処理できる情報の量はそんなに多くないはずです。一方、今の社会には情報が溢れているので、何を手に取ったらいいかわからず、溺れそうにもなりますよね。アルゴリズムでシステムが出現させたものによって余白の時間が埋まっていき、「選ぶ」ということに対して無意識のうちに感覚が鈍くなっている人も少なくないかもしれません。そんな時代だからこそ、科学者や宮大工の物事を見る目のシンプルさや考え方の潔さ、自分の内側の一点に集中していく探究の熱みたいなものに、僕はおもしろさやすごさを感じるんです。
そんな便利なようで溺れかかっている現状を整理して、現在、そして未来を生きる僕たちはどういう状態ですくっと立っていたら気持ちいいのか。『世界と私のA to Z』は、その術について考える方法を教えてくれる一冊です。
この本には、セルフケアとセルフラブについても書かれていて、結局自分をケアして愛せるのは自分しかいないのだと再認識させられます。独りよがりなナルシシズムや自助を装った自己責任論みたいなことではなく、生活の小さな幸せを大切にするといった言説とともに、枠に封じ込めようとするしがらみから解放されるためにはどういう考え方が必要なのかを教えてくれます。
セルフケアやセルフラブなどの持続可能なアクティビズムは、これからますます大事になると思います。今の時代のこんがらかったコミュニケーションにおいて、自分と他者の関係をどのようにはかればいいのか、そんなことを考えさせてくれる、とてもおもしろい一冊です。
『点と線』は、実は現在の私を動かした本です。最近、たまに絵を描くのですが、そのきっかけをつくってくれました。ムナーリのシンプルな表現が、彼のモダンさを引き継いだきれいなエディトリアルデザインに落とし込まれていて、ページをめくるたびに美しいなと思います。
この点や線の何がいいかというと、数値化してデータにするのが難しい所です。「なんか好き」という感触だけある。その「なんか」こそが感性であり、世間一般で共有できる知識やデータ、エビデンスとはまったく別のところにあるものだと思います。
今の社会には、「私の意見」を気軽に言えない空気がありますよね。下手に口にすると「それってあなたの感想ですよね」と言われてしまう。でも、「あなたの感想」、あなたにしか持ち得ない感性を大切にしてもよい余裕を社会は持ち続けるべきだと思うのです。そんな人間ならではの偏った歪な嗜好性や、理由はうまく言葉にできないけれど好きなものを、堂々と好きだと言える、そんな状態を僕はすこやかだと思います。
『退屈をぶっとばせ!』という少々過激なタイトルが印象的なこの本は、若い世代に向けて、ものづくりや自分で何かをやってみることへの興味喚起を促す一冊です。
各ページで紹介されるテーマは、「電池のリサイクル」をしようといった環境やDIYに関するものから、「いろいろ爆発させよう」「騒音マシンを作ろう」といった、こんなことしちゃっていいの?というものまで。文中で「クラフティ(創造的)になる」という言葉が何度も出てくるのですが、クラフティであり続けるには、ルールに縛られない自由な発想が欠かせません。
この本は、僕たち人間の根源にある冒険心をくすぐり、自分で触れて自分で選ぶ、さらには自分で何かを創り出す、そういった行為がちょっとずつ世界を変えていくんだということを教えてくれます。
ここからは、学びを取り巻く環境についても目を向けたいと思います。先ほどの挑戦的な本つながりでいうと、『Iggy Pop Life Class』もおもしろいですよ。この本はミュージシャンのイギー・ポップが開催したアートクラスの内容をまとめたもので、彼を中心とした学びの場が描かれています。クラスではイギー自身がヌードモデルになり、老若男女の受講生が彼を取り囲んで素描します。彼のことを「カリスマ的なアイコン」として捉える人もいれば、「ただのおじさん」と捉える人もいて、参加者の絵がとても多様なんです。
上手い下手という観点とは別に、全裸のミュージシャンを描くことで描き手側は何を感じたのか、普段は「音」を使っている描かれる側は「そこにいる」だけで何を伝えられたのか。どちらにもメッセージがあるという双方向的な学びが感じられる不思議な本です。
最後に紹介する『国宝・閑谷学校』は、日本で現存する最古の学校・閑谷学校を、写真家の小川重雄さんが撮影した写真集です。講堂は国宝に指定されていて、今でも学生たちが集って学びを繰り返す場となっています。
小川さんの写真からは、まるで静かなお寺のような清廉な空気感がすごく伝わってくるんです。特に講堂から伝わる静けさや安らかさには、とても感銘を受けました。場のまとう空気がさーっと心に流れ込んでくるような空間って、やっぱり気持ちがいいですよね。先ほど心の機微や初期衝動の話をしましたが、このようなノイズのない空間は学びの場所にも合っているのではないかと思います。
多くの人々がここで学び、清らかさを保ってきた、そんな歴史とリスペクトが感じられる一冊です。
忙しない現代を生きる僕たちの学びには、「ある程度の時間をかけながら、心を集中させて向き合う」ことがすごく大切になってくると思います。そうすることで、初期衝動の驚きや発見に気づきやすくなりますから。
GRAND PATIOは時間が許された場所、ただそこにいてもいい場所という感じがします。時間にとらわれず、ただそこにいる。そんな状態を、ぜひ目の前にある本に意識を向けながら味わってみてください。そこから余白が生まれ、ゆとりを感じたら、新しい学びに近づいているということ。追われている感じから少し離れたゆるさを獲得して、新しいものに心を開いていってほしいと思います。
書籍は、本館1Fグランパティオにて
実際に手に取ってご覧いただけます
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美術、建築、音楽、哲学、自然科学…。それぞれの分野で道を切り拓いた先人たち。名前だけは聞いたことがある人、なかには初めて名前を聞く人もいるかもしれません。このコーナーには、後世に影響を与えた先人たちの物事を見る目や考え方、プロフェッショナルの仕事論、人生訓や芸術論、よりすぐりのエッセイ集や画文集、アート絵本などを集めました。独自の視点で物事を捉えていた彼らの残した言葉や作品は、時代を経ても色褪せることなく、いまも輝いています。現代を生きる私たちにとってもそこから得られる学びがきっとあるはずです。
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情報が溢れる現代の社会で、押し寄せる波に翻弄されないためには現状を整理して、現在と未来をひとつながりに、点から線へと結びつけて考えることが大切だと思います。未来を担う子どもたちに向けた新しい教育、新しい世代の価値観、アート・デザインの可能性、未来を切り開くテクノロジー、地球環境や食の未来。これからの時代をひらく学びの要素に焦点を当てた本を通して、現在の学びが未来へと、どのように繋がっていくかについて考えるきっかけにしてみてはいかがでしょうか。
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何かを学ぼうと思った際に、学びの内容はもちろんですが、学びを取り巻く環境、場所に注目してみるのも面白いかもしれません。伝統ある学校や歴史ある学舎、名門アートスクール、街角での学びから修行の場まで。古今東西の学びの場所にスポットを当て、場所の持つ雰囲気が伝わる写真集やビジュアルブックを中心に、場所が学びに与える影響や、学びの文化が醸成された背景についても紹介します。学びは誰にとってもひらかれていて、机に向かうだけが学びではなく、捉え方次第で日常のどんな場所でも学びにすることができるのです。
人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、学校、ホテル、オフィスなど様々な場所でライブラリーの制作をしている。安藤忠雄氏の建築による「こども本の森 中之島」ではクリエイティブ・ディレクションを担当。最近の仕事として「早稲田大学 国際文学館(村上春樹ライブラリー)」での選書・配架、札幌市図書・情報館の立ち上げや、ロンドン・サンパウロ・ロサンゼルスのJAPAN HOUSEなど。早稲田大学文化構想学部非常勤講師。神奈川県教育委員会顧問。
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