マンガは国内ではサブカルチャーの中心的存在であり、海外では現代の日本文化の中で最も人気があるものの一つとして、国境を超えてたくさんの人たちに愛されています。日々膨大な数の作品が生み出されているマンガは、子どもから大人まで幅広い世代を対象にしていて、多く読者に支持される人気作だけではなく、ニッチなテーマのものや実験的作品もあり、その文化としての懐の広さと厚みという点で、これからも目が離せない存在であり続けそうです。今回はテーマをシンプルに「〜1979年」、「1980年〜1999年」、「2000年〜」と年代別に区切り、その時代を代表するマンガ作品だけではなく、イラスト集やエッセイ、批評など、マンガをより深く楽しめるようになる本も取り揃えました。そのマンガが描かれた背景や、他の人の解釈のしかた、作品だけではなく周辺にあるものにも目を向けると、そこからマンガの世界はより広がり面白いものになっていきます。気になったものがあれば、ぜひ手を伸ばしてみてください。
展示場所:本館1F GRAND PATIO
展示期間:2024年8月1日〜11月30日
今、世界的に日本のアニメが大人気ですが、その源泉を探るとやはり漫画にたどり着くのではないでしょうか。時代の変化とともに、漫画は文学の一ジャンルとして確立されてきています。2019年には大英博物館で大規模なマンガ展が開催され、私はそれにすごく感銘を受けました。ストーリーはもちろん、美術作品としての美しさや、漫画文化の広がり、漫画におけるジェンダー、家族、バトルや権力の描かれ方など、多方向から注目されていて。まさに「MANGA」として、日本の文化が世界的に評価されているのだと実感しました。漫画には、冒険や恋愛、食など、多くの要素が含まれるので、今回はその来歴に対してシンプルに「〜1979年」「1980〜1999年」「2000年〜」という年代別のテーマを立てています。また、漫画作品だけではなく、その周辺にあるエッセイなども集めました。作品そのものはもちろん、その漫画が描かれた背景や他の人の解釈といった、周辺領域を知ることもすごくおもしろいですよ。
まずは、日本最古の漫画と言われている作品を。『鳥獣戯画』は、平安時代から鎌倉時代にかけて作られた絵巻物で、国宝にも指定されています。主に擬人化した動物の風刺画で、相撲を取ったり、水遊びをしたり、子どもを育てたり……という当時の人間のリアルを、動物のキャラクターで表現しています。実際に描いた絵師たちは「漫画を描こう」と意識していたわけではないと思いますが、結果として、漫画の起源にもっとも近いものが生まれたのではないでしょうか。「作品の主体」という自分とは異なる存在にすっと思いを託してみる行為は、現代の私たちが漫画を読むときの姿勢にものすごく近いですよね。『決定版 鳥獣戯画のすべて』は、大きな図版で作品の見どころをわかりやすく教えてくれます。今回の「みんなでMANGAを語ろう」というテーマのスタートとしてまずご覧いただきたい1冊ですね。
1970年代は、「花の24年組」と呼ばれる女性の漫画家たちが活躍した、少女漫画の黄金期です。その時代を語るうえでとても重要な作品が『トーマの心臓』。プレミアムエディションと銘打たれた愛蔵版は、サイズも大きく迫力があります。作者の萩尾望都さんは、「キラキラしたお姫様が美しい男性に出逢って恋に落ちて……」というそれまでの少女漫画の雛形を徹底的に壊して、SFや少年愛といったさまざまな要素を取り入れながら独自の分野を切り開いていった、非常に力強い先駆者です。
この作品は竹宮惠子さんの『風と木の詩』と並べて語られることが多く、どちらもヘルマン・ヘッセを下地にしたような、ドイツの学校の少年たちの愛と友情が描かれています。ただ、少年の描き方、友情の描き方、そして、物語の結末の描き方は全然違う。2人とも、それぞれ強い個性を持ったまったく異なる作家なんだと実感します。2人は練馬区大泉で2年ほど同居をしていたそうですが、彼女たちのエッセイを読むとそれぞれの性格についてより深く知ることができますよ。気になる方はぜひ読み比べてみてください。
漫画家の同居といえば、トキワ荘も外せません。漫画家同士が集まって暮らしていたイメージが強いですが、意外とみなさん家族と一緒に住んでいたんだとか。手塚治虫さん、藤子・F・不二雄さん、藤子不二雄Aさん、赤塚不二夫さん……彼らの作品からは、志を共にする人たちが場所を共有することで生まれたエネルギーが、ものすごく伝わってきます。『オバケのQ太郎』は、藤子不二雄の2人が最後まで合作していた漫画。基本的にはFさんがオバQ、Aさんが周辺の人物、というように描き分けていたそうで、その後の作家性と関連づけて見てみるとおもしろさが増すんです。『手塚治虫とトキワ荘』からも作家同士の関係性や合作の背景がうかがえます。作品の周辺領域まで目を向けると、作品そのものの味わいや見え方が変わってくると思います。
先ほど『トーマの心臓』の萩尾さんについてお話ししましたが、『HUNTER×HUNTER』の冨樫義博さんも、手塚治虫さんが確立した漫画のコマの使い方やセリフの伝え方を一つひとつ疑って壊そうとしている作家だと思います。真っ暗なコマの中でひたすらポツポツと登場人物のセリフだけが浮かんでくる描き方によって、読者は登場人物の表情や空気感を思い浮かべることができますよね。わずか数秒の1シーンを何週にもわたって丁寧に描く時間の歪め方も特徴的。時の流れを突然切ったり、びゅーんと伸ばしたり、それでいて一つひとつのディテールまで丁寧に描いている。その描き方が格別です。まだ読んだことがない方は、騙されたと思ってキメラ=アント編だけでも読んでいただきたいです。あと、お願いだから完結してほしい作品です。
さくらももこさんの『COJI-COJI』は、疲れたときに読むと、横っ面を優しく叩かれているような気持ちになります。主人公はメルヘンの国の宇宙生命体コジコジ。素直で純朴、究極の無垢な存在です。おいしいものを食べて、友達と遊んで、お昼寝したい。生物として最低限の欲求にものすごく忠実に生きているコジコジを見ると、人より何かをたくさん得たい、人より自分を良く見せたいという気持ちや、世の中のしがらみが、とことんアホらしく思えてくるんですよね。ピュアすぎるからこその鋭さというか、怖さというか……。不条理漫画と捉えていいと思うのですが、その不条理の世界でコジコジは、普通に人に優しくしているだけ。誰かを愛そうとしているんじゃなくて、ただ愛している。とても力強い作品だと思います。
1990年代の東京、あらゆるものが手に入ってしまって何かを熱く欲することがない10代の登場人物たちが、河川敷で死体を見つける。死体は当然動かなくて、どんどん骨になっていくものの、彼らはそこにいちばんの“生のリアリティ”を感じる。『リバーズ・エッジ』では、SF作家ウィリアム・ギブスンの「平坦な戦場でぼくらが生き延びること」という言葉が引用されていて。岡崎京子さんは、登場人物のセクシャリティやいじめ、恋愛など、10代ならではのナイーブさを淡々と、残酷に描いています。一方で、それがなぜか美しいと思えてしまう。漫画表現と当時のサブカルチャーと呼ばれていたものを組み合わせながら、人間の生の弱さ、それでいて粘り強い部分を教えてくれるような作品ですね。
漫画にまつわる作品として、井上雄彦さん描き下ろしのイラスト集『PLUS/SLAM DUNK ILLUSTRATIONS 2』もぜひ紹介したいです。漫画の連載は1996年に終了していますが、この作品は2020年に刊行されました。後書きには、「およそ30年近く前に描いていた人物たちの世界を、しかも10代の高校生たちを描くというのは、今53歳のこの姿で学生服を着て街に出るくらいの覚悟と没入が必要でした」と書かれているんですよ。当時と今を比べると、バスケットボールのディフェンスの戦術や各ポジションの役割といった、スポーツとしての正確な描写は変化しているように思います。でも、それを補って余りある物語的魅力と絵の力が『SLAM DUNK』にはあると思います。一人の絵師として、井上さんは素晴らしい作品を世に残してくれましたね。
『カラッポの主人公』は、ブロガーの上田啓太さんが、自分の好きな漫画について思ったことやみんなと共有したいことをエッセイとしてまとめた1冊です。最初に収録されているのが「スラムダンクの深津を褒めるおじさんについて」。深津という寡黙で的確なプレーをする陰の立役者的な選手を褒めるおじさんが2コマだけ出てくるのですが、そのおじさんがいかに魅力的かがひたすら語られています。とてもニッチだけれど、共感したらすごく刺さってしまいそうな話がたくさん出てくるんです。
『ドラゴンボール』についての話もいくつかあって、ベジータ三部作がとってもおもしろい。ベジータは「サイヤ人である私」にプライドを持っていて、帰属意識の塊なんです。他の登場人物も誰かの妻や夫になって、他者との関係性の中に自分の存在意義を見出している。でも、悟空は「オラ悟空」と言うだけで、それ以上でもそれ以下でもない。この本のタイトルである『カラッポの主人公』もそこから来ているんです。徹底的にカラッポ、つまりこうありたいという思いや自我がまったくない主人公・悟空の凄さや強さが『ドラゴンボール』の魅力であり、作品として画期的なところだったんじゃないか、と。作品に対するいろいろな解釈を通じて「なるほど!」と思ったり、「自分だったらどうだろう?」と考えてみたり。他者の“読み”に触れることで得られる漫画特有の広がりっておもしろいですよね。
panpanyaさんは、誰も見つけられないような小さな穴から主人公が異世界へ滑り込んでいく、かなり不思議な漫画を描く方です。日常のディテールをつぶさに見ているところが私はすごく好きですね。私たちが普段見過ごしているようなことに目を留めて、むくむくと想像を働かせ、予想もつかない場所に連れていってくれます。先日、作家生活10年を迎えられましたが、この『足摺り水族館』は同人で描いていた初期作品とエッセイをまとめたもの。いちばんpanpanyaさんの不可思議さが凝縮していると思います。装丁もご自身でされているそうで、紙で読むのが特におすすめの1冊です。
私は意外と『ぼっち・ざ・ろっく!』のような女子高生のバンドものも好きなんです。『けいおん!』もすごく好き。私は楽器ができないし、比較的どんよりした学生生活を送っていたので、憧れているのかもしれません。『けいおん!』が女子高生たちの他愛もない日常と、そこに見える人間関係の微妙な変化と顛末みたいなものだとしたら、『ぼっち・ざ・ろっく!』はいわゆる“コミュ障”の女子高生が、押し入れにずっと引きこもってギターの鍛錬を繰り返していたら手練になってしまったという話。この2作品を読み比べると、楽器が弾けることが喜びなのか恥ずかしさなのかという捉え方に違いを感じますし、そこに時代性が出ていると思います。
『スキップとローファー』も繊細な心の機微が描かれた作品。将来官僚になることを目指して東京の高校にやってきた石川県出身の純朴な女の子が、ものすごくかっこいい友人と出会って東京ならではのいろんな刺激を受けていく。ボーイミーツガール作品かと思いきや、周辺の女の子たちの「私たちって友達だよね、でもあの時誘われなかった」みたいな本当に細かい心の動きが、これでもかというくらい丁寧に描かれています。2000年以降の漫画は、大きな物語を描くというよりも、一人ひとりのキャラクター、彼らの心の機微を大事にしている描き手が多いように感じます。だからこそ、キャラクターのファンも生まれやすいのではないでしょうか。
一口に漫画といっても、作品のテーマやストーリー、描き方は本当にさまざま。漫画作品に対し、通常の書籍や写真集などとはまた違う思い入れを持つ人も少なくないのでは、と思います。今回は、愛蔵版やイラスト集、エッセイなどもあるので、そこから漫画に対する愛がより深まればと思います。「あ!」と思ったらまず手に取ってみてください。今回の選書が、Web検索やアルゴリズムに引っかからないような、まったく思いもよらない、普段だったら手を伸ばさない作品に出会う機会になったら嬉しいです。
今回のインタビューは、
普段は入ることのできない閉店後、
夜のGRAND PATIOでのトークイベント「Night Library」でお話を伺いました。
書籍は、本館1Fグランパティオにて
実際に手に取ってご覧いただけます
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日本最古のマンガともいえる国宝の「鳥獣人物戯画」、江戸時代後期の浮世絵師、葛飾北斎によって描かれた「北斎漫画」を経て、昭和初期に連載された人気シリーズ「のらくろ」でストーリーのあるマンガが本格的に始まりました。1950年代から60年代にかけては手塚治虫をはじめとした「トキワ荘」に集った若手マンガ家たちが活躍し、1970年代は「花の24年組」と呼ばれる女性マンガ家たちが少女マンガの新たな表現を切り拓いていった時代でした。
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マンガの最激戦区といわれる週刊少年誌のなかで『週刊少年ジャンプ』は「友情・努力・勝利」のコンセプトで躍進し、80年代には発行部数で首位を独走、1995年3・4号で、653万部という歴代最高部数を達成し黄金時代を築きました。また、『AKIRA』と『ドラゴンボール』は80年代には翻訳され、欧米においても早い段階で流通し人気作となりました。少年誌以外の媒体で連載された、この時代を代表する作品としては、少女マンガの枠にとらわれない『BANANA FISH』や、哲学的テーマ背景にした『寄生獣』などがあげられます。
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現在では、日本のマンガと、表現を映像に展開したアニメは、成熟した文化として世界で愛され、その地位を築いています。2019年にはイギリス・ロンドンの大英博物館でマンガ展「The Citi exhibition Manga」が開催され、大英博物館の企画展として歴代最多の来場者数を記録しました。時代の変化に柔軟に対応し成長してきたマンガという文化の中で、これから先どのような作品が新たに生み出されていくのか楽しみです。
有限会社BACH(バッハ)代表取締役。ブックディレクター
人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、動物園、学校など様々な場所でライブラリーを制作。時間の奪いあいが激しい中で本を手に取りたくなる環境とモチベーションをつくることを心掛けている。安藤忠雄氏の建築による『こども本の森中之島』ではクリエイティブ・ディレクションを担当。最近の仕事として「ミライエ長岡 互尊文庫」や「早稲田大学 国際文学館(村上春樹ライブラリー)」での選書・配架、ロンドン・サンパウロ・ロサンゼルスのJAPAN HOUSEなど。近年は本をリソースにした企画・編集の仕事も多く手掛ける。京都「鈍考/喫茶 芳」主宰。
Instagram: @yoshitaka_haba