ブックディレクター 幅 允孝さんが語る、
選書テーマ『着る、装う、纏う』について
今回のテーマは「着る、装う、纏う」、つまりファッションをテーマに選書しました。
ファッションというのは、パリやミラノ、ロンドンなどで発表されるブランドのコレクションとしてのそれだけでなく、着ることの意味性、着る人の心持ちの変化といったことにまで視野を広げて、多角的に捉えることができます。ファッションによって、他者の目に映る自分がどのように変わるのか。ファッションが自分自身を成り立たせているものにどのように作用するのか。そして、本というものがファッションについて広く思いを巡らせたり、思索を深めたりするきっかけになってくれるはずです。
GRAND PATIOの選書テーマは、毎回柱ごとに3つの小テーマに分かれていますが、今回は浸透膜を挟んでいるくらいの曖昧さで、それぞれのテーマが呼応し合っているイメージですね。
1つ目の小テーマは「人はなぜ着飾るのか?」。このテーマの軸になる本として選んだのが、『ちぐはぐな身体―ファッションって何?』『ひとはなぜ服を着るのか』の2冊です。著者の鷲田清一さんは、メルロ=ポンティの身体論を長らく研究していた哲学者。哲学者がなぜファッションについて語っているのかというと、服を着るという行為は自分について考える哲学的な営みだからなんですね。鷲田さんは、身体論について考えを深めていけばいくほど、「洋服とは体の一部であり、第二の皮膚である」ということを考えざるを得なくなっていくと言います。
『ちぐはぐな身体』では、ファッションにおけるモードというのは、単なる流行ではなく、社会の時間の流れや気分を自分の一部に取り込む面白さがある、ということが語られています。それは、「自分らしさとは何なのか?」といった、人が常に考え続ける根源的な問題にもつながっていきます。連作として読める『ひとはなぜ服を着るのか』では、自己を映し出す鏡としての側面と社会的な側面の両面から、「ファッションとは何か?」についてわかりやすく論じています。どちらも90年代に書かれた本ですが、今でもまったく色褪せていませんね。
優れたファッションブランドは、時代のモードを切り取ることにも長けていて、時代性や社会性が反映された素晴らしい作品をたくさん残しています。たとえば、『Her Dior Maria Grazia Chiuri’s New Voice』は、女性で初めてDiorのクリエイティブ・ディレクターに就任したマリア・グラツィア・キウリの2017~2021年までの仕事をまとめたもの。表紙には「FEMINISTS」の文字もあり、サラ・ムーンなど素晴らしい女性の写真家たちとのコラボレーションも見どころのひとつです。プロダクトとしてのDiorとは別の意味で、ひとり屹立する女性の強さ、現在から未来にかけての女性の美しさの源泉みたいなものを、すごく上手にビジュアル化しています。
さらにこの本が面白いのは、リボンで本を綴じるなどさまざまなギミックが施されているところ。ページの途中で使う紙を変えるという心憎い仕掛けもあって、こうしたリズムのつくり方は本当にうまいと思います。ビジュアルブックは装丁の触感や質感など造本にこだわっているものが多く、パターンや色だけでなく、マテリアルも重要になる洋服の表現と重なる部分がありますね。
2つ目の小テーマは「装いを新たに、気持ちも新たに」。日常生活から、儀礼的な場やオフィシャルな場まで、装いを整えると気持ちが変わりますよね。その変化のさまに焦点を当てたいなと思ったんです。
たとえば、『祝!結婚した』は、まさに装いが気持ちを新たにする結婚式の一瞬をとらえた写真集です。新郎新婦だけでなく、おじいちゃんおばあちゃんや子どもたちといったその周りの人たちも着飾ることで、結婚式という場の空気や人生の節目となる時間をつくっている。その面白さがよく伝わってきます。
ドレスもまた、気持ちを切り替えてくれる特別な装いです。『名画のドレス 拡大でみる60の服飾小事典』は、絵画の中に描かれているドレスや、傘、髪飾り、カメオといったファッションアイテムを一つ一つ抽出して、その背景や意味をわかりやすく説明しています。ルノワールの《ヴェールの若い女》で描かれるヴェールは、当時どんな意味を持っていたのか? ジョン・シンガー・サージェントの《エドワード・ダーレイ・ボイトの娘たち》で描かれるエプロンは、当時なぜ女の子が身につけていたのか? など、実際の絵画のカラー図版と照らし合わせながら楽しく知ることができます。
3つ目の小テーマは「身に纏う」。ここでいう「纏う」ものは、単に洋服ということではなく、「雰囲気を纏う」とも言うように、服を着ることでその人が自然に抱え、はらむものです。例えば、香り、人間性、もっと言えばその時の気持ちかもしれません。「纏う」ということをもっと別の意味へと広げていけたらという思いを、このテーマに込めています。
そのひとつの手がかりとして選んだのが、『Rei Kawakubo/Comme des Garçons Art of the In-Between』。デザイナーの川久保玲さんによる、これまでのコム・デ・ギャルソンのデザインワークが綺麗にまとめられて収録されています。
個人的に、コム・デ・ギャルソンの服は、世の中に対する「態度」を纏っているような感覚があるんです。「黒の衝撃」とも呼ばれた黒一色の、つぎはぎや穴、ほつれが目立つ服は、世の中の常識や固定観念に揺さぶりをかけ、着ている本人とそれを目にする他者の感覚や意識に深く入り込んできます。高校生の頃に川久保さんのインタビューを読んだのですが、「ものづくりの源泉は何ですか?」という質問に「怒りです」と答えていて衝撃を受けました。ファッションというものの根源を変えてしまった、ひとつの曲がり角をつくった人ですよね。
「身に纏う」というテーマでもうひとつ紹介したいのが、シャルル・フレジェの写真集です。フレジェは、世界を旅しながら、伝統的な民族衣装や儀式用の着衣を定点観測的に撮影した写真が有名。今回は、フランスのブルターニュ地方でレースの衣装や頭飾りを身につけた女性を撮影した『Portraits in Lace Breton Women』、日本各地のお祭りに登場する妖怪の姿を撮影した『YOKAI NO SHIMA 日本の祝祭 ― 万物に宿る神々の仮装』、アフリカ大陸におけるお祭りの衣装を撮影した『CIMARRON(シマロン) ブラック・アイデンティティ ー南北アメリカの仮装祭』の3冊を選びました。
特にうしろの2冊を見ると、何かを「纏う」ことによって、日常とは違う「どこか」に接続する方法が、国ごとに存在することがわかります。奇怪な衣装を纏い、人間が人間でないものに化ける。そうすることで、異界のものと交信したり、何かを祓ったり、人格を遊んでみたりもできるわけですね。
さらに、フレジェの写真が独特なのは、普段なら陰影のなかで曖昧模糊としているものを、均質な光で撮ることで露わにしてしまっているところなんです。ライティングでバランスを崩すことで、妖怪のように畏怖しているものの正体が少し見えてしまう感じ。それが不思議でもあるし、滑稽でもあります。
今回はファッションを大きなテーマにしていますが、視点をファッションから少しずらした本も意識的に選びました。個人的におすすめなのが『植田正治の世界』です。植田正治は、鳥取砂丘を舞台にした前衛的な写真の数々で知られる写真家。植田が撮る写真の中で被写体が着ている服の多くは、絣の着物など当時の普段着です。にもかかわらず、砂丘というニュートラルな空間に人物を立たせると、すごくスタイリッシュに映る。被写体の周りのあらゆるものも綺麗に見えてきて、写真としての魅力がぐっと増すんです。この切り取り方は、世界中のファッションフォトグラファーたちがいろいろと試みてきた構図や陰影に劣らない、強度と斬新さを湛えています。
ファッションには、寒さを防ぐ、熱を逃がすといった機能はもちろんですが、シンプルに着飾る面白さや喜びがあります。日々生きて、呼吸して、ごはんを食べて、寝て起きて、人に会って……そういう人間の喜びをうまく包み込みながら背中を押してくれるのが、ファッションの持つ力だと思うんです。人は年齢とともにどんどん保守的になりがちですが、そこを少し逸脱しながら、ファッションを思い切り楽しみ直してほしい。
この春はもう少し外に出やすくなるかもしれないですし、「次はどんな服を買おうかな」と考えるのは純粋に楽しいですよね。そういうときにGRAND PATIOにやってきて、このライブラリーの本を遊び道具のように役立てていただけたらと思います。
人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、学校、ホテル、オフィスなど様々な場所でライブラリーの制作をしている。安藤忠雄氏の建築による「こども本の森 中之島」ではクリエイティブ・ディレクションを担当。最近の仕事として「早稲田大学 国際文学館(村上春樹ライブラリー)」での選書・配架、札幌市図書・情報館の立ち上げや、ロンドン・サンパウロ・ロサンゼルスのJAPAN HOUSEなど。早稲田大学文化構想学部非常勤講師。神奈川県教育委員会顧問。
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