「中国料理 文菜華」オーナーシェフ 渡辺 展久さんの柏ライフ
1700を超える市区町村。その一つ、柏。
この街には、誇れる食材があり、それを活かす料理人がいる。
「中国料理 文菜華」オーナーシェフ・渡辺展久さんも、その一人だ。
一流を目指して技術を磨き、挫折を乗り越えた先でたどり着いた答えは、「柏で料理人として生きること」。食を通して街へ恩返しを続ける、その歩みと街への思いとは。
柏への思いを込めた中国料理 文菜華の一皿

渡辺展久(わたなべ のぶひさ)さん PROFILE
1978年1月9日生まれ。柏市出身。
「中国料理 文菜華」 オーナーシェフ。横浜中華街に本店を構えていた老舗中国料理店の吉祥寺店をはじめ、都内の中国料理店で修業を積み、26歳で柏市に「アジアンヌードル展」を開業し、その後、「中国料理 文菜華」をオープン。現在はレストランサミット代表幹事、柏銀座通り商店会副会長、手賀沼ガストロノミーツーリズム実行委員長なども務め、地域に根差した店づくりや食文化の発展に取り組み、柏の食の魅力を広く伝えている。
未来を動かした一皿
「生まれた瞬間から柏なんです」と、自身の生い立ちを振り返る渡辺シェフ。幼稚園から高校までを柏で過ごし、柏駅前のボウリング場や駅周辺のアパレルショップなど、当時の柏の街が遊び場だった。
小学生の頃、入院中だった父親の見舞い先で、隣の病室にいた中国料理店の料理長に家族で食事へ招かれる。そこで味わった高級中国料理は、何を食べたのかは覚えていない。それでも、「美味しいものでこんなにも人を感動させられる」という体験だけは、鮮明に心に刻まれた。
その感動を胸に、高校生になるといくつかの飲食店でアルバイトを始める。そして、高校2年生のとき、中華料理のファミリーレストランで鍋を振った瞬間、「これだ!」と確信。
高校3年の三者面談へ向かう道すがら、親に「料理人になるから反対するな」と告げた。渡辺シェフの覚悟は、すでに揺るぎないものとなっていた。
消えなかった料理への情熱

高校卒業後は、調理師専門学校へ通いながら柏の中国料理店で働き出した。そこで料理長から「料理人になるなら一流の店で学べ」と背中を押され、その言葉を胸に、横浜中華街に本店を構えていた老舗中国料理店の吉祥寺店へ移った。
現場は一切の妥協が許されない、厳しい修業の日々が続いた。それでも一日に何百人分もの料理を作り、学んだ技術は、渡辺シェフにとって何にも代え難い財産となった。「頂点を目指すなら、一流の現場で学ぶしかない」。その思いで駆け抜けた5年間は、一流の料理人としての礎となった。
しかし、修業を終えた渡辺シェフは、一度料理人を辞めようと考える。人間関係に悩み、房総の民宿で約1カ月を過ごしたが、それでも自然と中華鍋を振っていた。
「やっぱり料理がしたい」。その思いを再確認したとき、再び料理人として歩み続ける決意が固まった。
一流を知り、柏という舞台へ

再出発した渡辺シェフが次に挑んだのは、青山の中国料理店だった。これまでの経歴や人脈に頼らず、自分の技術がどこまで通用するのかを確かめるため、縁のなかった店を選んだ。
休日も別の店で厨房に立ち、店舗づくりやプロデュースを手掛けるフードコーディネーターとの出会いを通して、「自分の店を持ちたい」という思いが芽生えた。
26歳で柏へ戻ると、「アジアンヌードル展」を開業。銀行から十分な融資を受けられず、理想の店とはいえなかったが、その先には本格的な中国料理店を開くという目標があった。
「一杯を注文してくれてありがとう」と心から思える料理人でありたい。その思いを胸に、渡辺シェフは柏で独立への一歩を踏み出した。
「料理人」という答え

開店当初はお客様が一人の日もあった。それでも地道な努力を重ね、人との縁にも恵まれ、やがて多くのお客様に親しまれる店へと成長した。その後は、商品開発や店舗プロデュースにも携わり、念願だった本格中国料理店「中国料理 文菜華」を29歳で開業した。
「中国料理 文菜華」の開業後は、複数店舗を展開した時期もあった。しかし、規模を広げたことで現場から離れ、経営は大きく傾く。苦しい時期を支えてくれたのは、これまで出会ってきた多くの人たちだった。

そして、「料理を作ることが自分の仕事」。
そう気づいた渡辺シェフは「中国料理 文菜華」一店に戻り、再出発を決意した。現在も肩書きを「代表取締役」ではなく「オーナーシェフ」としているのは、その経験があるからだ。
料理人を志したあの日から、頂点を目指し、迷い、挫折しながらも答えを探してきた。それでも最後に戻ってくるのは、いつも厨房に立つ料理人としての自分だった。
食でつなぐ、柏の未来

渡辺シェフは、どんなに店が人気となり、都内への出店の話があっても柏を選び続けてきた。その根底には、食を通して育ててもらった人や街へ恩返しをしたいという信念がある。目指すのは、東京の流行を持ち込むことではなく、柏の食材や食文化の魅力を料理人として伝えることだ。
その思いから、レストランサミットなど、地域を巻き込んだ活動にも力を注ぐ。柏高島屋とも食育イベントや催事を通して連携を続け、2024年には、柏の食文化を未来につなぐ「TSUNAGU」展、2025年には、地元の食の魅力や農の豊かさを五感で体験できる「遊んで学ぶ食育ONE DAY」に参加。渡辺シェフは「地域のシンボルともいえる柏高島屋は、多くの人へ柏の食文化を伝えられる大切な場所」と話す。
これまでの道のりには、節目ごとに多くの人との縁があった。過去の苦労や失敗も、そうした縁に導かれ、今へとつながっている。その一つひとつの出会いを大切にしながら、受け取った思いを次の世代へ伝えようと、渡辺シェフは今日も厨房に立つ。
柏高島屋とともに、柏の食文化を次世代へ
柏には、豊かな農産物と、それを活かす地域の方々の技や情熱があります。
柏高島屋は、柏の食文化と農業の魅力を伝え、街をさらに盛りあげていきたいと考えております。これまで当店の企画を支えてくださった渡辺シェフをはじめ、地域の皆さまと一緒に、人と地域をつなぐ取り組みを通じて、柏の魅力をより多くの皆さまへ、そして次世代へとつないで参ります。
これからの柏高島屋の企画にも、どうぞご期待ください。
千葉県松戸市出身。高校時代に柏で青春を過ごす。大学進学と共に、都内で8年過ごした後2017年に柏へ転居。Koskimaa Designを立ちあげ、柏を中心に様々なウェブサイトやデザインを手がける。全国初のエリア型商店会、【ウラカシ百年会】では事務局長を務め、同会の発行する雑誌PICKUPの執筆などライターとしても活動。
次回の記事更新は10月27日(火)を予定しております。
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※掲載内容は2026年5月28日(木)時点のものです。

