![4F [企画展]](/base/pc/shiryokan/tokyo/img/exhibition/main_img_pc.jpg)
![4F [企画展]](/base/pc/shiryokan/tokyo/img/exhibition/main_img_sp.jpg)
予告
会期: 2026年10月24日(土)→2027年3月23日(火)
開館時間: 午前10時30分〜午後7時30分
入館料: 無料
場所:
高島屋史料館 TOKYO 4階展示室
(東京都中央区日本橋2-4-1 日本橋高島屋S.C.本館)
休館: 毎月第2火曜(祝日の場合は開館して翌日休館)、年末年始(12月31日(木)〜1月2日(土))、2月24日(水・全館休業)
主催: 高島屋史料館 TOKYO
監修: 木ノ下裕一(木ノ下歌舞伎主宰、まつもと市民芸術館芸術監督団団長)
特別協力: 三浦佑之、高木和子、安田登、横山太郎、日置貴之、有澤知世、児玉竜一
グラフィックデザイン: 原田祐馬、山副佳祐(UMA/design farm)
展示デザイン: 榮家志保、橋本亜沙美、仁科緑(EIKA studio)
なぜ、古典は古びないのでしょうか。何百年、あるいは千年以上も前につくられた物語が、いまなお読まれ、演じられ、姿を変えながら伝わってきましたが、それを単に「優れた作品だから生き残った」とだけ説明してよいのでしょうか。
今日「古典」と呼ばれるもののほとんどは、最初から多くの人に開かれていたわけではありません。文学や芸術を享受できる人々と、そこから隔てられた人々とのあいだには、身分、性別、世代、地域、身体、経済状況など、さまざまな境界がありました。では、そうした境界を越えて、文学や芸術はいかに人々へ開かれてきたのでしょうか。その歴史をひもとくと、今日「古典」と呼ばれるものの歩みには、それを人々へ届けるための試行錯誤と工夫、そして新たな表現を生み出そうとする創意が見えてきます。本展では、こうした古典の「アクセシビリティ」の歴史をたどります。第1章の上代『古事記』から、第2章『源氏物語』、第3章『平家物語』と能、第4章の近世の歌舞伎と黄表紙まで。そこから見えてくるのは、文化や芸術をめぐる「開かれ」のあり方が、時代とともに幾度も組み替えられてきた歴史でもあります。
そもそも、「開かれる」とは何を意味するのでしょうか。境界を越えることは、境界そのものがなくなることではありません。ある人々に開かれることで、別の境界が生まれることもあります。何かを「開かれたもの」と呼ぶとき、その外側にはなお「閉じられたもの」が残されているのかもしれません。
開くことと、閉じること。その境界を人々はいかに動かし、引き直してきたのか。古典の歩みを通じて境界を問い直すことで、現代、そして未来における芸術の「開かれ」について考えてみたいと思います。
イベントの最新情報はPeatixページをご覧ください


