誰もが知るあのデザイン 高島屋「バラの包装紙」の秘密に迫る!
高島屋と聞いて何を思い浮かべますでしょうか?1952年の誕生以来、日本のギフトシーンを彩ってきた高島屋の包装紙。実はこれまでに3度もデザインが変わり、現在の姿に至っていることをご存知ですか。今回は、時代と共に進化し続ける包装紙の歩みを紐解きます。
高島屋のバラの包装紙が誕生したのは1952年。高島屋を新しくイメージづけるシンボルフラワーとして、バラの花を採り入れることを決定し、包装紙も見直されることになりました。それまでの包装紙は、藤紫とねずみ色の無地に、日本伝統の吉祥文様(きっしょうもんよう)である「宝づくし」を型押ししたものでした。 バラが採用された理由は、当時の社長・飯田慶三が「美の象徴として愛されるバラの花を、高島屋の花としたい」と考えたのが始まりです。四季を問わず美しく、昔から美のシンボルとして人々に慕われている花。そんなバラのイメージはまさしく、お客様に愛される百貨店にふさわしいものでした。以降、姿を変えながら、高島屋の包装紙を彩り続けています。
高島屋の歴史は、1831(天保2)年正月、初代飯田新七が京都・烏丸松原で古着木綿商「高島屋」を創業したことに始まります。高島屋の歴史と共に包装紙のデザインは大きく変化を遂げてきました。
① たかしまや飯田呉服店心斎橋店包装紙 明治~大正初期
② たかしまや飯田呉服店烏丸店包装紙 明治~大正初期
③ 高島屋呉服店包装紙 大正期
④ 高島屋宝づくし封筒 昭和初期
⑤ 高島屋封筒 1946(昭和21)年頃 そして1952年に登場した、初代のバラの包装紙。1本のバラが象徴的に描かれ、徐々に高島屋=バラのイメージを定着させていきました。
① バラの包装紙 初代 1952(昭和27)年
② バラの包装紙 2代目 1957(昭和32)年 1980年に登場した3代目は、洋画家の高岡徳太郎氏による、モダンローズという品種の「輪バラ」です。これらのバラは当時の高島屋の店舗を見立てたもので、店舗の規模に応じて大小に描き分けられました。当初、店舗が増えるたびにバラが描き足されていく予定でした。ただし、足されたのは1度だけに留まったそうです。
バラの包装紙 3代目1980(昭和55)年
現在のデザインは4代目。2007年に高島屋新宿店のリニューアルを機に変更されました。このデザインからバラの品種がオールドローズとイングリッシュローズに変わりました。実は高島屋には他のバラのデザインも存在しています。
① モダンローズという品種のバラがモチーフの「線バラ」
② バラのアレンジメントの写真を使用したデザイン「ミリオンローズ」
「ミリオンローズ」はお客様からの「ギフト用に特別な包装紙が欲しい」という要望に応えて生まれたもので、主にギフト用包装紙に採用されています。
「ミリオンローズ」には、ニューヨークにあるトップフローリスト「マドラー・レイク」の南畝隆顕(のうねんたかあき)氏が手がけたアレンジメントを起用。
全店共通の紙袋だけでなく、全館改装やリニューアルの際には高島屋大阪店オリジナルの紙袋も登場しました。
① 大阪店リニューアル記念紙袋 1990(平成2) 年
② 大阪店全館グランドオープン記念紙袋2005(平成17)年
③ 大阪店増床第1期オープン記念紙袋 2010(平成22)年
④ 大阪店グランドオープン紙袋 2011(平成23)年
高島屋のシンボルフラワーにバラが選ばれてから、すでに70余年が経過しています。その間に包装紙は3度のリニューアルを経て、毎回、時代に合うものへと生まれ変わってきました。 バラという花を一貫して使いながら、その時々で変化していく包装紙は、まさに高島屋の企業姿勢を表すもの。「‘変わらない’のに、あたらしい。」という企業メッセージを具現化した、高島屋らしい包装紙です。 \最後にひとこと/
1952年に産声を上げたバラの包装紙は、時代とともに姿を変えながら、人々の「特別な瞬間」を包み続けています。高島屋のバラに出会う日が、お客様にとって大切な一日になりますように。
大阪高島屋ホームページはこちら>>
なぜバラをモチーフにすることになったの?
高島屋のバラの包装紙が誕生したのは1952年。高島屋を新しくイメージづけるシンボルフラワーとして、バラの花を採り入れることを決定し、包装紙も見直されることになりました。それまでの包装紙は、藤紫とねずみ色の無地に、日本伝統の吉祥文様(きっしょうもんよう)である「宝づくし」を型押ししたものでした。 バラが採用された理由は、当時の社長・飯田慶三が「美の象徴として愛されるバラの花を、高島屋の花としたい」と考えたのが始まりです。四季を問わず美しく、昔から美のシンボルとして人々に慕われている花。そんなバラのイメージはまさしく、お客様に愛される百貨店にふさわしいものでした。以降、姿を変えながら、高島屋の包装紙を彩り続けています。
包装紙のデザインは創業当時から大きく変化を遂げた?
高島屋の歴史は、1831(天保2)年正月、初代飯田新七が京都・烏丸松原で古着木綿商「高島屋」を創業したことに始まります。高島屋の歴史と共に包装紙のデザインは大きく変化を遂げてきました。
① たかしまや飯田呉服店心斎橋店包装紙 明治~大正初期② たかしまや飯田呉服店烏丸店包装紙 明治~大正初期
③ 高島屋呉服店包装紙 大正期
④ 高島屋宝づくし封筒 昭和初期
⑤ 高島屋封筒 1946(昭和21)年頃 そして1952年に登場した、初代のバラの包装紙。1本のバラが象徴的に描かれ、徐々に高島屋=バラのイメージを定着させていきました。
① バラの包装紙 初代 1952(昭和27)年② バラの包装紙 2代目 1957(昭和32)年 1980年に登場した3代目は、洋画家の高岡徳太郎氏による、モダンローズという品種の「輪バラ」です。これらのバラは当時の高島屋の店舗を見立てたもので、店舗の規模に応じて大小に描き分けられました。当初、店舗が増えるたびにバラが描き足されていく予定でした。ただし、足されたのは1度だけに留まったそうです。
バラの包装紙 3代目1980(昭和55)年
現在はどんなデザインなの?
現在のデザインは4代目。2007年に高島屋新宿店のリニューアルを機に変更されました。このデザインからバラの品種がオールドローズとイングリッシュローズに変わりました。実は高島屋には他のバラのデザインも存在しています。
① モダンローズという品種のバラがモチーフの「線バラ」② バラのアレンジメントの写真を使用したデザイン「ミリオンローズ」
「ミリオンローズ」はお客様からの「ギフト用に特別な包装紙が欲しい」という要望に応えて生まれたもので、主にギフト用包装紙に採用されています。
「ミリオンローズ」には、ニューヨークにあるトップフローリスト「マドラー・レイク」の南畝隆顕(のうねんたかあき)氏が手がけたアレンジメントを起用。
過去には高島屋大阪店だけのオリジナル紙袋も!?
全店共通の紙袋だけでなく、全館改装やリニューアルの際には高島屋大阪店オリジナルの紙袋も登場しました。
① 大阪店リニューアル記念紙袋 1990(平成2) 年② 大阪店全館グランドオープン記念紙袋2005(平成17)年
③ 大阪店増床第1期オープン記念紙袋 2010(平成22)年
④ 大阪店グランドオープン紙袋 2011(平成23)年
バラを使い続けることに込められた高島屋の想い
高島屋のシンボルフラワーにバラが選ばれてから、すでに70余年が経過しています。その間に包装紙は3度のリニューアルを経て、毎回、時代に合うものへと生まれ変わってきました。 バラという花を一貫して使いながら、その時々で変化していく包装紙は、まさに高島屋の企業姿勢を表すもの。「‘変わらない’のに、あたらしい。」という企業メッセージを具現化した、高島屋らしい包装紙です。 \最後にひとこと/
1952年に産声を上げたバラの包装紙は、時代とともに姿を変えながら、人々の「特別な瞬間」を包み続けています。高島屋のバラに出会う日が、お客様にとって大切な一日になりますように。
大阪高島屋ホームページはこちら>>

