足元や草むら、木々の葉の裏。
普段は気にも留めない場所にも、たくさんの小さないきものたちが暮らしています。
虫やクモ、菌類や小さな鳥たち。
肉眼で見えるものも、見えないほど小さなものも、
その一つひとつに驚くほど豊かな世界があります。
いきものをそっと見つめること。
それは日常に小さな発見をもたらしてくれるきっかけになるかもしれません。
虫たちを中心に、
小さないきものたちの暮らしや不思議、
進化や生態をめぐる本を集めました。
少し視線を落として、
いつもの景色を見つめてみませんか。
きっと、そこには想像以上に大きな世界が広がっています。
展示場所:本館1F GRAND PATIO
展示期間:2026年8月1日〜11月30日
私は東京と京都で二拠点生活をしていて、京都では山のほうに住居を構えています。その家では、目の前の茂みに生まれたばかりの子鹿が訪れたり、窓を開けるとさまざまな野鳥の声が聞こえてきたりするんです。それまで、虫や小動物はあまり得意ではなかったのですが、生活する中で野鳥の鳴き声の違いなどに気づいていくうちに、“小さきもの”の世界を、だんだん愛おしく感じるようになってきました。
そうした体験から、今回は「虫の目線で」「ちいさないきもの」「小さきものの、大きな世界」という3つのテーマを設けました。玉川高島屋S.C. 西館1F アレーナホールでは「たまがわ昆虫展~のぞいてみよう虫のせかい~」が催されるので、昆虫をはじめ小さないきものに関する本を通して、“小さい”ってなんだろう、“大きい”ってなんだろう、ということを立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか。
※「たまがわ昆虫展~のぞいてみよう虫のせかい~」:8/14(金)~8/30(日)まで 玉川高島屋S.C. 西館1Fアレーナホールにて開催
今回の選書の鍵となっている一冊が、養老孟司さんと小檜山賢二さんの『虫本』です。養老さんは、「生命とは何なのか」を解剖学の視点から探究し続けている方。彼は大の昆虫好きとしても知られていて、この本では「小さい存在をよく見ることから、世界への理解が始まる」ということを教えてくれます。
昆虫写真の先駆者であり、養老さんと50年来の“虫友”でもある小檜山さんの写真も、だんだん近づきながら撮影されていて、虫の細部までよくわかりますよね。これを見ていると、単純に綺麗というよりも「なぜ自然の中でこんな形になったの?」「どうしてこんなに派手な色なの?」と、疑問が次々と生まれてきます。そこから読み進むにつれて、虫たちがそれぞれの環境の中で生き抜くために工夫を凝らして変化し続けているうちに、結果として不思議な色やかたちになったという一つの答えが見えてきます。誰かにコントロールされているのではなく、生命が自然と答えに辿り着く美しさが非常によく伝わってくる本です。
養老さんをはじめ、多くの虫好きがリスペクトする虫界の大親分が、ファーブルです。誰もが一度は読んだことがあるであろう『ファーブル昆虫記』の中でも、フランス文学者である奥本大三郎さんが翻訳した『完訳 ファーブル昆虫記』は決定版だと思います。
とにかく奥本さんの“虫愛”が凄まじい。彼はこの本で、昆虫に関する科学的な要素も担保しつつ、美しい自然の中にある虫たちの描写、そしてファーブルのポエジー溢れる人物像も忠実に翻訳しようとしました。「昆虫記」と言いつつ、プロヴァンスでのファーブルの暮らしぶりから、19世紀の南仏の自然と人の営みまでもが垣間見えます。虫が動いたり、風を感じたりする様子を、ぜひ頭の中でイメージを膨ませながら読んでほしいです。
『ウルド昆虫記 バッタを倒しにアフリカへ』の著者である前野ウルド浩太郎さんも、『昆虫記』というタイトルからわかるように、ファーブルを目指す昆虫学者の一人です。「バッタ博士」として知られる前野さんは、研究費をどうにかかきあつめ、片道切符を握りしめてモーリタニアやモロッコに渡ってバッタの研究を続けています。
予算がなかなか確保できず、資金不足で、しかも研究期限も決められている中、それでも研究をし続ける彼の情熱がひしひしと伝わってくる一冊です。児童向けにルビがふられていて小学生でも読みやすいので、夏休みの読書感想文にもおすすめです。
虫に向ける熱量に溢れた本で言うと、『花の国・虫の国: 熊田千佳慕の理科系美術絵本』も外せません。熊田さんは点描を用いた細密画を描き、『ファーブル昆虫記』をテーマにした虫の細密画で知られています。元々は虫の絵本を作ろうとしていたそうで、絵本になる直前に手作りしていた小冊子を、彼の没後に出版したのがこの本です。
完成された細密画ももちろん素晴らしいのですが、この本では「熊田さんが自然をどう捉えていたか」というプロセスに触れることで、自然の中で生きている虫たちの物語に触れることができます。緻密に描写された自然の風景はもちろん、そんな彼の軽やかな遊び心がとても魅力的な本です。生涯にわたって自然と虫を凝視して描き続けた、その眼差しを知ることができます。
『熊谷守一 画家と小さな生きものたち』からは、虫だけではないさまざまな小さきものたちに向ける眼差しが伝わってきます。
熊谷さんは東京美術学校(現・東京藝術大学美術学部)を主席で卒業しました。その後は“自分の絵”が見つからない日々を過ごしますが、自分の画風を削ぎ落としていった結果、ものすごくシンプルで潔い線の絵に辿り着きました。彼はとにかくものを凝視して、「ちゃんとわかるまでは描かない」という姿勢で自然やいきものと向き合ってきた人です。たとえば一匹のアリをとにかく観察し続けたことで、「アリは左の2番目の足から歩き出す」と言うことに気づいた、というエピソードも有名です。熊谷さんの絵は一見シンプルに見えますが、一本の線の角度や微妙な凹凸は、対象を深く見つめた人しか辿り着けない境地だと感じます。
『家は生態系 あなたは20万種の生き物と暮らしている』を書いたロブ・ダンさんの眼差しは、熊谷さんとはまた違うおもしろさがあります。群集生態学の研究者としての視点から、「家」という生態系には、どんないきものがいるのかを教えてくれる一冊です。
この本、原題が“Never Home Alone”っていうんです。つまり、家の中では決して一人ではないということ。細菌や節足動物、20万種というおびただしい数のいきものが身の回りにいることを前向きに捉えつつ、人間もそのうちの一部なんだということがわかってきます。ここに書かれているほとんどのいきものは肉眼では見えないのですが、たしかにそこにいるんだということを知ることができます。
目に見えない小さないきものの話でいうと、『もやしもん』も名作です。菌が見えるという不思議な性質を持つ主人公が農業大学に入学し、さまざまな菌と出会っていく物語で、私たちの生活の中にどんな菌がいるのか紹介してくれます。
まず、菌をキャラクター化して“見えるもの”として扱い、さらに彼らの声を表現したという時点で、画期的な漫画ですよね。たとえば、日本酒の「生酛(きもと)造り」と「水酛(みずもと)造り」の違いのように、概念では理解していても細かくはよくわからないようなことを、科学的な裏付けとともに、「漫画」というエンターテインメントを通して知ることができる。小さきいきものについて知るうえでは、抜群におもしろい名作漫画です。
小さないきものに向ける目線はさまざまですが、小さいものと大きいものの関係性についても考えてみるとまた違った世界に浸ることができます。代表的なのが『床下の小人たち』で、私が小さい頃からとても好きでよく読んでいた本です。
これはスタジオジブリの『借りぐらしのアリエッティ』の原作になっている作品ですね。主人公のアリエッティという小人が、人間が暮らす床下で、いろいろなものをちょっとずつ拝借しながら生きていくお話です。ふだんは人間に気づかれず、小人なりの生活を送っている中、いざ人間という“大きないきもの”に遭遇してしまった時に、果たして敵対するのか、融和するのか、それとも無視されるのか…そういった「小人」と「人間」との関係性が描かれるところに、ファンタジーとしての面白さが詰まっていると思います。
動物学者である本川達雄さんの『ゾウの時間 ネズミの時間 サイズの生物学』は、いきもののサイズについて考えるのにぴったりな、生物学の入門書の一つです。
われわれ人間は「時間はすべての生物に対して平等だ」と思い込んでしまいがちでますが、タイトルの通り、ゾウに流れている時間と、ネズミに流れている時間はまったく違うんです。それなのに、一生のうちに心臓が鼓動するのは、ゾウもネズミもおよそ20億回と決まっている。速く鼓動すれば時間が凝縮されるし、ゆっくり鼓動すれば時間が引き延ばされる。サイズの違うものたちが、果たしてどのようにエネルギー源を使い、どう生きているのか、そんなことを生物学の観点から教えてくれます。
『アリたちの美しい建築: 地下に広がる「アリの巣」 の驚異の世界』は、小さきものの大きな世界を可視化しています。これは、アリ研究の第一人者であるウォルター・R・チンケルさんが、アリの巣に色々な液体を入れて固める「注入模型」を作るプロセスと、巣そのものの構造や機能についてまとめたものです。
「巣そのものが種を存続するうえで重要な役割をしている“超個体”である」と捉える彼の視点は、われわれが生きている地球にも置き換えて考えることができます。そして何より魅力的なのが、一つの小さきものに対して情熱を持ちながら、限られた資金の中で工夫を凝らすチンケルさんの姿勢です。ローコストでアナログな方法で研究を楽しんでいる様子を見ると、「愛っていいな」と思いますね。
何においても「小さいよりは大きいほうがいい」と思われがちですが、今回選んだ本たちを読むと、決してそうではないのだなと実感します。自分が持っているものは常に身を置く場所によって移り変わっていきますよね。そして、自分以外のいろんないきものも確実に周りにいて、懸命に種を保存しようと生きている。そうした目線を忘れないことが大切だと思います。小さないきものへの敬愛が溢れる本たちを通して、自分にどのような感情やアイデアが生まれるか体感してみてもらえたらうれしいです。
書籍は、本館1Fグランパティオにて
実際に手に取ってご覧いただけます
書籍一覧
虫たちは、人の目には留まらない場所で、それぞれの命を生きています。その姿をじっと見つめてみると、生命の不思議や自然の豊かさ、そして見過ごしてきた世界の奥行きに気づかされます。虫が持つ美しさや生命力、生きるための知恵に触れられる本を集めました。虫が好きな方にも。これまであまり関心のなかった方にも。ページをめくって、虫たちの目線から世界を眺めてみませんか。
8月に西館1Fアレーナホールで開催される「たまがわ昆虫展~のぞいてみよう虫のせかい~」とあわせてお楽しみください。
書籍一覧
肉眼では見ることのできない微生物から、物語に息づく空想のいきものまで。私たちの身のまわりには、目に見えるものも、見えないものも、さまざまないきものたちが存在しています。そんな小さないきものたちの息遣いや、不思議な世界を感じられる本を集めました。たとえ目に見えなくとも、同じ世界で、ともに時を過ごすいきものたち。ページをめくって、わたしたちを取り巻く豊かな世界に触れてみませんか。
書籍一覧
たとえ人間から見れば小さないきものも、その世界に一歩踏み込めば、それぞれのルールで生きる物語の主人公です。小さなからだで大きな世界と向き合い、知恵を働かせ、冒険するいきものたちの世界を描いた本を集めました。小さきものの目線を借りて世界を眺めてみると、いつもの景色にも、新しい驚きがあふれています。
幅允孝(はば・よしたか)
有限会社BACH代表。ブックディレクター
人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、学校、ホテルなど様々な場所でライブラリーを制作。選書だけではなく、サイン計画や家具計画なども領域とし、本を手に取りたくなる環境づくりとモチベーションの誘発について探求している。「こども本の森中之島」ではクリエイティブ・ディレクションを担当。他の代表的な仕事として、「早稲田大学 国際文学館(村上春樹ライブラリー)」での選書・配架や、「神奈川県立図書館」再整備監修など。近年は本をリソースにした企画・編集・展覧会のキュレーションなど手掛ける仕事は多岐にわたる。京都「鈍考/喫茶芳」主宰。