民藝という言葉が生まれて、100年が経ちました。
いま、新たな一歩を踏み出そうとしています。
日本各地の風土に育まれた手仕事、そして世界に息づくフォークアートやクラフト。
民藝や工芸には、時代や場所を超えて、暮らしを支えてきた美しさがあります。
いま、あらためて民藝を見つめ直すこと。
それは、再解釈であり、出会い直しでもあります。
ずっと好きだった方にも。
これからはじめて触れる方にも。
「はじめまして、民藝・工芸。」
世界と日本の手仕事をめぐる本を揃えました。芽吹きの季節に、暮らしへ新しい風を取り入れてみませんか。
展示場所:本館1F GRAND PATIO
展示期間:2026年4月1日〜7月31日
民藝は高尚で意識が高いものだと思われがちかもしれませんが実はそんなことはありません。日常のあらゆるところに民藝的なものが存在していると思いますし、その本質は変わらないまま、アップデートされ続けているように感じます。今回は「旅する民藝・工芸」「あつめる楽しさ 使うよろこび」「作り手の世界」という3つのテーマを設けました。今まであまり知らなかったという方に民藝を楽しんでいただくのはもちろん、これまで民藝を好きだった方も、普遍的でありながら刷新されていっている今の民藝に出会い直していただけたらと思います。
民藝の世界に初めて触れる方にまず手に取っていただきたいのが『民藝のみかた』です。著者である東洋美術史家のヒューゴー・ムンスターバーグは、4年間日本に滞在し、国際基督教大の学長であり民藝の蒐集家でもある湯浅八郎の協力を得ながら、民藝に関する研究を進めていました。この本には、海外の人、つまり、民藝に対して先入観を持たない人が、日本の民藝を初めて見た時に感じた感動が記されています。たとえば、「無名性」の意識を徹底しているということもその一つ。西洋においては作品に作者名を記すのが一般的でしたが、民藝は真逆で個人の名前を記すことを前提としていません。その精神性の美しさは、外からの視点を通すことでさらに深く知ることができますし、日本人が読んでも「たしかにそうだ」と思えるでしょう。日本の民藝を、再発見できる一冊です。
かたや世界の民藝に目を向けた『ニューフォークアート デザインコレクション 世界の 新⺠藝グラフィック』は、世界中のフォークアート(民族芸術)の今を知ることができる本です。韓国の方が編纂しているのですが、韓国では、伝統的なフォークアートがポップアートなどのモダンな表現と組み合わされ、新たな形で活かされているといいます。ぱっと見た時に懐かしさを覚えるデザインが、現代の作家たちの手によってどのように刷新されているのかが、豊富なビジュアルとともに紹介されています。
フォークアートを引用するということは、ある文化における記憶を引用することです。だからこそ、きちんとその文化の根っこを知ったうえで引用しないといけないということが、この本では強調されています。フォークアートが単に面白いデザインとして消費されると、本来残すべき大切な何かが消えていってしまう可能性もあります。人間がデザイン行為を行なっているうちは過去へのリスペクトがありますが、AIが台頭している現代では、果たして今後どうなっていくのか考えさせられますね。
フォークアートはもちろんのこと、無名性を持った静かな民藝・工芸が、確実にその土地の何かを成り立たせる積層になっていると思うんです。日本人フォトジャーナリストによる『バーナード・リーチとリーチ工房の100年: 海とアートの街セントアイヴスをめぐる』からも、そんな民藝の力を感じます。
陶芸家のバーナード・リーチは日本で修行をしたあと、1920年に濱田庄司を伴いイギリスのセント・アイヴスに渡って、大規模な工場製品とは異なる本格的なスタジオ・ポタリーを初めてイギリスに作りました。そこでは日本の陶芸技術とイギリスのそれを融合させながら作陶をしていたのですが、1979 年にリーチが亡くなり、その後妻も亡くなると、工房は荒れ果て売りに出されてしまったんです。しかし、セント・アイヴスの有志がリーチ工房の再興運動を行い、2008年には立派に復刻。今はリーチらの作品を展示する博物館やギャラリーとして運営されています。これは日本の民藝・工芸が土地に根付き、そして旅をして、時間をも超えて人の心を動かした証拠だと思います。
民藝品は無名のものですから、それを凝視し、分類し、解釈する人がいないと民藝運動は起こりません。作家性に基づいたものは「コンセプトはこうです」としゃべる人がいますが、民藝はしゃべらない。そういった時に好きなものを好き勝手集めた人たちが、なぜそれを集めるのかを自問自答しながら、でもなんか好きだなと感じ、愛着のあるものを近くに置いておきたいと思う。そうした心持ちが、民藝を運動化した一つのエネルギーになっているのだと思います。
『地球の歩き方』をはじめ、アフリカを中心に辺境エリアのガイドブックを手掛ける編集者、松岡宏大さんの『ひとりみんぱく』は、あつめる楽しさにあふれた旅の本です。「みんぱく」とは、大阪府にある国立民俗博物館の愛称で、館内には世界各地の民族資料や生活道具が展示されています。松岡さんは国立民俗博物館を訪れて展示物を見た時に、「うちにもあるな」と思ったそうなんです。仕事柄、インドやアフリカ、世界中を旅してきて、その土地でものを収集してしまう。その一つひとつを自分の中で整理して、面白いものも、綺麗なものもの、怪しいものも、あらゆるものを彼の思い出と一緒に紹介してくれています。彼はものが好きということは否定しませんが、ものを求めて旅をしたことはなく、旅で出会ったものをただ収集しているだけだといいます。このように自分の痕跡の一部としてものをあつめるという姿勢は、実はとても現代的です。収集の仕方の進化も感じさせてくれる本だと思います。
小さな子どもたちに民藝を紹介する、外村吉之介さんの『少年民藝館』も素晴らしいです。各地方の郷土のおもちゃを中心に、子どもでもわかる文体で、世界中の民藝が紹介されています。椅子や道具、お菓子の木型、タイルやエプロン──どのページも、まるでドアが開け放たれた部屋みたいに、「誰でも入っていいよ」と言ってくれているように感じられます。少年少女はもちろん、老若男女に開かれている民藝本です。遊び道具が多く紹介されているのがいいですよね。研究対象としての民藝ではなく、喜びのための収集という空気が伝わってきます。
私自身がものをあつめるという観点でいうと、陶芸作家の鹿児島睦さんの絵本『なにのせる?』にシンパシーを感じます。いろいろなかたち、いろいろな絵のお皿があって、この小さなお皿にはベビーカステラが合うよねとか、丸い猫のお皿にドーナツを置くと、猫がドーナツを抱いているように見えるよねとか──器そのものというより、“使う”ということにフォーカスして、何かをのせたくなってしまう。私も白いお皿を目の前に置いて愛でるというよりは、チャーハンでも盛ろうかと考えたり、これにはポテサラが合うだろうなと想像したり。つまり作品というよりは道具として捉えていますね。
“使う”ということでいうと、ナカムラクニオさんの『こどもとできるやさしい金継ぎ』も手に取っていただきたい一冊です。使ったら割れたり壊れたりしてしまうのは、残念ながら道具の宿命です。この本は、金継ぎのやり方や道具を手取り足取り教えてくれています。修復だけではなく、欠けたところに別の陶片をくっつける「呼継(よびつぎ)」という手法で遊んだり、ガラスを金継ぎしてみたり、石を継いでみたり、金継ぎから派生した遊びも教えてくれます。日用道具として民藝品を捉えた時に、こういうケアの方法も知っておけるといいですよね。
あつめて分類したり使ったりする人がいる一方で、民藝品を作っている人が何を考えているかも知っていただければと思います。たとえば、『柚木沙弥郎の染色』では、作品だけではなく、作家自身にも焦点を当てています。柚木さんが若い頃からどのように染色というものを捉えていたかをはじめ、90歳を過ぎても制作を続けていたその来歴が記されています。
さらに職人たちのものづくりの風景をありありと表現しているのが、坂上暁仁さんの『神田ごくら町職人ばなし』という漫画作品。江戸時代の桶職人、刀鍛冶、紺屋、畳刺、左官など、さまざまな職人たちの手捌きや道具を、まるでタイムマシンで見てきたかのように細やかに描いています。職人たちがどのように素材と向き合い、どのように道具を扱い、どのようにものを作っていくのか、また、壊れたものをどう修繕していくのか。さらに言うならストーリーもとても良くて、たとえば自分が作った刀が人を殺めてしまったことを刀鍛冶はどう捉えるのか、紺屋が大流行している友禅を前に何を学び、古いと言われる自分たちの技術をもってどうやって自分なりの染め方を作っていくか──そういった話の中から職人の矜持も見えてきます。
思わず自分も手を動かしたくなるのが、ヨシタケシンスケさんの『こねてのばして』。近くにあるいろいろなものをこねたり、のばしたり、押しつけたり、転がしたり、揺らしたり、ちょっと詰め込んで放っておいたり……。手を動かすことで何かができていく喜びって、ものづくりの根源なのではないかと気づかされます。その延長に料理をやる人がいるかもしれないし、粘土をこねる人がいるかもしれない。それを焼いて器にしちゃおうと思う人もいるかもしれない。高名な先生や職人を見て真似できないと思うのではなく、誰でも何かを作れる可能性があるんだと伝えてくれるおもしろさがあります。民藝も難しいことではなくて、もっと原初的な衝動に基づいて考えていいことなんだと感じます。
「民藝という言葉は聞いたことがあるけれど、結局なんだっけ?」と思う人もいらっしゃると思います。実はその感覚って間違っていないんです。なぜなら民藝というもののありようが、今はずいぶん領域も変わってきて、境界も曖昧になっているから。「民藝ってよくわからないけど、これは好き」「今の民藝ってどんな感じなんだろう?」、そんな素朴な気持ちで、GRAND PATIOをのぞきに来ていただけたらと思います。
書籍は、本館1Fグランパティオにて
実際に手に取ってご覧いただけます
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土地の自然と風土を映し出す手仕事には、その土地の記憶が宿っています。日本各地、そして世界に息づく民藝や暮らしを伝える本、思わず旅に出たくなるような風土記や旅行記を揃えました。ページをめくって、まだ見ぬ土地へ旅してみませんか。
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民藝や工芸には、自然と集まってしまう引力と蒐集の魅力が備わっています。自分の直観で、あつめて、分類して、解釈してみる。コレクションとは、ひとりひとりの人生の痕跡なのかもしれません。
どのように飾ろうか、このお皿には何を載せようか。暮らしの想像力が膨らむような本を集めました。
たとえ割れたり破れたとしても、大丈夫。その先には繕い、さらに歴史を重ねてゆくよろこびもあります。
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民藝では、ものを作り出す人々のことを「作り手」と呼びます。
作り手がどのようなことを思い、どんなまなざしで手を動かしているのかが垣間見える本を集めました。誰が作ったかを前面に出すことのない民藝の匿名性。
その静かな在り方のなかにも、受け継がれてきた技や細部のひとつひとつに、作り手それぞれの考えが確かに息づいています。作り手の数だけ、物語がある。
その思考やまなざしに触れることで、手にする物への愛着も、いっそう深まるはずです。
幅允孝(はば・よしたか)
有限会社BACH代表。ブックディレクター
人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、学校、ホテルなど様々な場所でライブラリーを制作。選書だけではなく、サイン計画や家具計画なども領域とし、本を手に取りたくなる環境づくりとモチベーションの誘発について探求している。「こども本の森中之島」ではクリエイティブ・ディレクションを担当。他の代表的な仕事として、「早稲田大学 国際文学館(村上春樹ライブラリー)」での選書・配架や、「神奈川県立図書館」再整備監修など。近年は本をリソースにした企画・編集・展覧会のキュレーションなど手掛ける仕事は多岐にわたる。京都「鈍考/喫茶芳」主宰。