夏から秋にかけては、いつもより運動への関心が高まりやすい季節です。
スポーツや運動をする方や、観るのを楽しむ方、
これから健康のために体を動かしてみようと思われる方もいるでしょう。
そこで今回は、運動だけではなく、心と体のつながりにも目を向けて、
「スポーツは楽しい」、「体を動かしてみよう」、
「心と体の健康」という3つのテーマを設けました。
野球やサッカー、バスケットボールなど、スポーツをテーマにした物語やアートブック、
運動に関するエッセイなど、読むと体を動かしたくなる本だけではなく、
どこかに不調を感じている時には、心や体の状態を整える手助けとなる本も揃えました。
暑い時には無理はしすぎずに、
この場所でゆっくりと本を読みながら
自分の心と体に向き合ってみてはいかがでしょうか。
展示場所:本館1F GRAND PATIO
展示期間:2025年8月1日〜11月30日
こう日々暑いと、なんだか体の調子もおかしくなってきますよね。さらに体の不調から、気持ちまで落ち込んでしまう方も少なくないのではないでしょうか。そんな季節だからこそ、「体」と「心」の密接なつながりに目を向けてみることが、知っているようでよく知らない自分(の体と心)と向き合う第一歩になるはずです。そこで今回は、私たちの「体」に注目し、「スポーツは楽しい」「体を動かしてみよう」「心と体の健康」という3つのテーマで選書してみました。
『サッカー・グラニーズ ボールを蹴って人生を切りひらいた南アフリカのおばあちゃんたちの物語』は、ジーン・ダフィというアメリカ人の作家が、南アフリカの高齢女性たちがはつらつとサッカーボールを蹴っている動画を観たことから始まる物語です。筆者が彼女らを追いかけていくうちに、南アフリカという場所で女性がどのような立場にあって、どういうことに抗いながらサッカーをしているのかが、明らかになっていくんです。
南アフリカでは、1990年代にアパルトヘイトが廃止されましたが、それでも性差別や年齢差別は根強く残っていました。「ばあさんはボールなんて追いかけてないで、家で孫の子守りでもしていろ」「高齢女性が短いパンツを履いて、腹を揺らして走ってるなんてみっともない」ということを平気で言う人たちがいる中で、彼女らはただ自分たちがハッピーでいるため、苦しいことや辛いことを忘れるくらい無心になってボールを蹴り続け、ゴールに入れることに集中する。その純粋な喜びと、体を動かすことの楽しさが、この本には書かれています。勇気をもらえる一冊ですね。
サッカーつながりでもう一冊。『European Fields』は、オランダの写真家、ハンス・ファン・デル・メールが、ヨーロッパ各地の下位リーグの試合風景を撮影した写真集です。オランダ、イギリス、ドイツ、ポルトガルにノルウェー……欧州は本当に、至るところにサッカーというスポーツが根付いているんだなと実感しますね。
何より、どの写真も定点観測的に引いた構図で撮影しているのが面白いんですよ。グラウンドの背景には教会があったり、住宅が並んでいたりと、その土地の風土がよく伝わってきます。だからこそ、それぞれの場所で真剣にサッカーに打ち込み、一喜一憂しているプレーヤーたちの姿が、美しいなと感じるんです。
『アオのハコ』は、週刊少年ジャンプで連載中の青春恋愛漫画です。昭和の時代は、少年漫画で“恋愛もの”というと、どうしても女性を性の対象として消費するような描写が多かったのですが、『アオのハコ』は違います。主人公のバドミントン部の少年が、バスケ部のエースである一つ上の先輩に恋をする。その先輩を見ているうちに「俺もがんばろう」と勇気をもらい、彼はバトミントン、先輩はバスケットボールの世界で、お互いに高め合っていくんです。
「これは発明だな」と感じたのが、バドミントン漫画かと思いきや、ある時はバスケットボール漫画になり、さらには新体操までも絡んでくること。さまざまなスポーツを行き来しながら、体育館という“青春の箱(=アオのハコ)”を描いていくんです。あの時・あの場所で、毎日必死にがんばって、あんなに泣いたり怒ったりして……そんな思い出を一つ一つ丁寧に“箱”の中に詰めてあげるような、そんな作品ですね。
スポーツはルールが決まっていますが、どう体を動かして遊ぶかは、もっと自由に考えてもいいかもしれません。『Phillipe Halsman’s Jump Book』は、世界的に有名な写真家集団「マグナム・フォト」に所属していたラトビア出身の写真家、フィリップ・ハルスマンの作品集。人がジャンプしている一瞬をテーマに、サルバドール・ダリやグレース・ケリー、オードリー・ヘップバーンにマリリン・モンロー、さまざまな著名人がただただ飛び跳ねているんです。
どんなに有名な人でも、飛んでいる瞬間ってその人の“素”が出るんですよね。自分の意識ではコントロールしづらい一瞬だからこそ、そこに人間性が出てきて、物語を感じられるのだと思います。
『孤独のグルメ』の作画で知られる谷口ジローさんの『歩くひと』は、究極の散歩マンガです。内容としては、主人公のおじさんがただ散歩するだけの話で、セリフもほとんどありません。何かを見つけたり、気づいたり、ちょっと考えたりしながら歩き続けていうち、つながってくることもあれば、そうはいかないこともある。ひたすら歩いていると、満開の桜の木の下で幻のような女性と出会う、不思議な出来事が起きたりもする。歩いているからこその速度と視点で世界を見ていくと、こんなにたくさんの発見があるんだということを教えてくれる一冊ですね。
作画の面でも、徹底的にリアリティを追求しようとした、谷口さんの絵師としての気概が伝わってきます。庭の垣根、木の葉の一枚一枚といったディティールの描き込みが、本当にすごいんですよ。
角田光代さんの『なんでわざわざ中年体育』と村上春樹さんの『走ることについて語るときに僕の語ること』は、どちらも「走ること」をテーマにした本で、ぜひ読み比べていただきたいなと思います。
角田さんは『なんでわざわざ中年体育』の冒頭に「もし20代の私が体育にいそしむ中年の自分を見たら、『イタい』と思うだろう」と書いています。そんな彼女が、走ることと出会い、ボルダリングやトレッキングにも挑戦しながら、最終的にはロッテルダムでフルマラソンに出てしまうんです。一方、『走ることについて語るときに僕の語ること』は、村上春樹さんが走ることを通して、小説家としての自分と向き合った一冊です。私は走るより泳ぐ人間ですが、身体への負荷と時間をかけることでやっと物事が腑に落ちてくるという、村上さんの身体感覚に思わずうなずきましたね。
面白いのは、二人とも同じ「走ること」を描いているのに、そこに対する感じ方や思いの向かう先は、まったく異なるということ。それでいて二冊とも、「『走る』という行為が自分を新しい地平に運んでくれるんだ」ということを教えてくれるんです。読めば確実に走りたくなるはずですよ。
『内臓とこころ』は、解剖学者の三木成夫さんが、子どもを持つお母さん方に向けて行った講演の内容を記した一冊です。「内臓」というものは、人間を動かしているすごく重要な部分であり、「内臓感覚」というものが人間の原初的な活動のベースになっている。そして、実は「心」も内臓によって作られているんだということを、三木先生は説いています。
例えば、赤ちゃんがおしっこをしたくなるのは、いちばん最初の内臓感覚なんじゃないかと。なんだかムズムズするけど、これが気持ち悪いのか分からないし、どうしたら気持ち良くなるのかも分からない。だからお漏らしをしてしまうけど、それを繰り返すことによって、人間としての「快」と「不快」を覚えていく。同じように胃袋や口腔も、そこで感じた細かな感覚が、人間の心のベースを作っている。そんなことがこの本には書かれているのですが、三木先生の「内臓がこうだから、こういう行動を取るんだ」っていう説明が、いちいち“腑に落ちる”んですよ。……あ、これも内臓の言葉ですね。
心身の不思議を考えてみるなら、若林理砂さんという鍼灸師の方が書いた、『謎の症状 心身の不思議を東洋医学からみると?』がおすすめです。「眠ろうとすると眠れず、寝てはいけない時に眠くなる」「疲れるとジャンキーなものを食べたくなる」「小さなホクロがたくさんある」といった細かな症状を、東洋医学の観点から解説しているのですが、若林さんは、一つの原因を突き詰めるのではなく、さまざまな心身の事柄が重なり合って「謎の症状」が引き起こされているのではないかと推察していくんですね。
読んでいると、心と体全体がどうつながって、どういうふうに影響を及ぼし合っているのかといった、東洋医学的な心身の捉え方が良く分かります。即効性は高くないかもしれませんが、心と体の健康のためにはぜひ読んでいただきたい一冊ですね。
もし、心に余裕がないときにGRAND PATIOにたどり着いたら、『コジコジに聞いてみた。』を手に取っていただけたらと思います。なんてことのない小さな悩みに対して、マンガ『コジコジ』の中から抜き出されたセリフが当てられているのですが、例えば「こんな僕でも少しは役に立てるかな」という質問に対して、コジコジは「みんな役に立っているんだね。コジコジは役に立ったことないよ」と答えるんです(笑)。他にも、「向上心がないって罪ですか?」という質問には、「盗みや殺しや詐欺なんかしてないよ。遊んで食べて寝てるだけだよ。なんで悪いの?」と。
コジコジは良い意味で何にもとらわれずに、究極の自由を体現しています。でも、自由だから無責任ということではなく、「快」だけを徹底的に集めているからこその強さが、彼女にはあるんですね。
「体を動かすこと」と「本を読むこと」って、実はよく似ていると思うんです。私の場合は水泳ですが、誰ともしゃべらず、孤独に手足を動かしているうち、気付けば考え事にふけっている。泳ぎ続けるうち、だんだん酸素が足りなくなってくるけど、それさえも気持ち良くなってくる。その反復と没頭は、「読む」という行為にもつながっているように感じます。この夏はぜひ、GRAND PATIOの空間で体を伸ばしつつ、読書を楽しんでいただけたらと思います。
今回のインタビューは、
普段は入ることのできない閉店後、
夜のGRAND PATIOでのトークイベント「Night Library」でお話を伺いました。
書籍は、本館1Fグランパティオにて
実際に手に取ってご覧いただけます
書籍一覧
自身がプレーする楽しさはもちろん、贔屓のチームを応援する喜びと悲しみ、手に汗握る勝負を観戦する場の興奮と熱気など、スポーツには人それぞれの楽しみ方があります。
このテーマでは、サッカーのノンフィクション作品や、高校スポーツのマンガ作品、スポーツを取り巻く環境を切り取った写真集など、様々な角度からスポーツの魅力を感じてもらえるような本を広く集めています。真剣勝負もあればゆるい本もあるので、今日の心持ちに合わせて一冊を手に取ってみてください。
書籍一覧
スポーツ競技とまではいかなくても、気分転換や健康維持のために、
体を動かしたいと思っている方も少なくないはずです。ここでは、歩くこと、走ること、
泳ぐことや体操など、比較的気軽に始められる運動に関する本を中心に取り上げます。
作家が走ることについて書いたエッセイの比較や、ジャンプや動作を収集したアートブック、
痩せたい・筋肉をつけたいと思った時に参考になる本など、読んだ後には実際に体を動かしたくなるような本を揃えています。
書籍一覧
気持ちが落ち込んだ時には体の調子も悪くなったり、その逆もあったりするように、心と体は密接な関係を持っています。このテーマでは、そうした心と体のつながりに目を向けています。
「こころ」の起源を探った解剖学者の名著、心に余裕がない時にすこしだけ解きほぐしてくれる本や、休み方に関するエッセイ、眠りにまつわる写真集のほか、心と体の両方を整えるヒントとなる本を紹介します。また、スピードの早い現代生活で、速度を落として立ち止まって読みたい詩集も用意しています。
幅允孝(はば・よしたか)
有限会社BACH代表。ブックディレクター
人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、学校、ホテルなど様々な場所でライブラリーを制作。選書だけではなく、サイン計画や家具計画なども領域とし、本を手に取りたくなる環境づくりとモチベーションの誘発について探求している。「こども本の森中之島」ではクリエイティブ・ディレクションを担当。他の代表的な仕事として、「早稲田大学 国際文学館(村上春樹ライブラリー)」での選書・配架や、「神奈川県立図書館」再整備監修など。近年は本をリソースにした企画・編集・展覧会のキュレーションなど手掛ける仕事は多岐にわたる。京都「鈍考/喫茶芳」主宰。