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「バラの花」と言えば「高島屋」をすぐ思い起こしてもらえるほど、高島屋のバラはイメージフラワーとして多くの人々に愛され親しまれています。この「バラの花」が当社のシンボルマークになったのは、昭和27年です。バラは、四季を問わずその美しさで多くの人々に慕われ遠くギリシア時代の昔から、ビーナスの伝説でも美のシンボルとして謳われているほどです。そのようなバラのイメージが、お客様に愛される百貨店にふさわしいと、先ず包装紙のデザインに取り入れました。当時、放送が開始されて間もなかった民放ラジオの当社提供番組では「ラビアンローズ」がオープニングに演奏されました。そして各種の販促物や店内外の装飾にとあらゆるものにシンボライズされたバラの花が好感を持って人々に受け入れられ、バラの高島屋のイメージが確立されていきました。 |
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昭和34年の秋、クリスマスセールの装飾用にマスコット人形を作ってみては、という提案があり、この結果誕生したのがハッピーちゃんでした。トンガリ帽子のフード付きマントを羽織った、赤と緑の二体の妖精ハッピーちゃんは一躍人気者となりました。その翌年3月には浩宮様がご誕生されたのをお祝いしてラッキーちゃんを、同年の12月には羽根つきのこけし型人形を、そして昭和36年の12月には北欧の木人形をモデルにアパッチスタイルのものをと、毎年クリスマスのデコレーション用に、マスコット人形を制作してきました。それがローズちゃん人形としてのキャラクター的要素を持ちはじめたのは、昭和37年の聖歌隊の人形が最初です。そして、翌昭和38年の6月、はじめて中元期に作ったインディアンスタイルのローズちゃんによってその性格、体型が固まり、一貫したデザインポリシーが生まれました。最も苦心したのは顔とおしりの表情に加えて動きのある体型にすることにあったといいます。その後は中元・歳暮期のそれぞれのキャンペーンテーマや流行などを取り入れて制作しました。通常は男、女のペアで一組になっていますが、昭和39年は“オリンピック・ローズ”ということで、ランニング、ハードル、ハンマー投げ、重量挙げ、ヤリ投げの5種競技を1セットとしました。また、昭和41年にはカルダン紳士服の導入にあわせて、そのペアルックを制作するなど、年を追って人気もますます高まり“高島屋のローズちゃん”と広く愛され親しまれています。 |
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